ことばのちから

2022年1月 1日 (土)

久しぶりのカリアップです

あけましておめでとうございます。

結構寒い元旦になりましたね。
今日から仕事してますが、ちょこちょこと仕事が入ってきてて忙しかったです。
午前中、1時間ほどだけですが、人がいなくなったので、電話番をしてました。
やっぱり落ち着きません…
動きまわっとうのが一番いいですね(^◇^;)

さて、明日に書き初めをと思ってたんですが、明日も仕事になってしまったので、本日初書きしてみました。
飾りっ気が好きではないので、本当にシンプルにイタリック体です。

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アメリカの民衆詩人 Walt Whitman の詩集『草の葉』所収の「大道の歌」の冒頭部分です。
自分は、この冨田砕花訳のものが好きですね。

徒歩で、陽気に、わたしは大道を歩きだす、
健康で、自由に、わたしの目の前の世界は、
わたしの目の前の褐色の路はわたしが選択するどこであろうと先導する。

どれくらいぶりのアップなのか、忘れてしまいましたが、ひっさしぶりなので、変な緊張感がありました。笑

兎にも角にも…
大道を歩む気持ちで、今日からスタートです。

みなさま、本年もよろしくお願いいたします。

工藤

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2021年12月26日 (日)

『徒然草』第150段

去年の8月に久しぶりに読んだまま、つい先日まで読み返すことが無かった『徒然草』第150段。

習い事や学び事をしている人にとっては、痛いことが書かれてます。
今月、これを思い出すことがあって、また読んでおかないとあかんな〜と思いつつ、今日まで延ばし延ばしになってました。

 

《原文》

能(のう)をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

いまだ堅固(けんご)かたほなるより、上手(じょうず)の中にまじりて、毀(そし)り笑はるるにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜(たしな)む人、天性、そ骨(こつ)なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、堪能(かんのう)の嗜(たしな)まざるよりは、終(つい)に上手の位にいたり、徳たけ、人に許されて、双(ならび)なき名を得る事なり。

天下のものの上手といへども、始めは不堪(ふかん)の聞えもあり、無下(むげ)の瑕瑾(かきん)もありき。されども、その人、道の掟(おきて)正しく、これを重くして放埓(ほうらつ)せざれば、世の博士にて、万人(ばんにん)の師となる事、諸道かはるべからず。

《口語訳》

芸能を身につけようとする人は、「良くできないような時期には、なまじっか人に知られまい。内々で、よく習得してから、人前に出て行くようなことこそ、誠に奥ゆかしいことだろう」と、いつも言うようであるが、このように言う人は、一芸も習得することが出来ない。

まだまったくの未熟なうちから、上手の中にまじって、けなされても笑われても恥ずかしいと思わずに、平然と押しとおして稽古に励む人は、生まれついてその天分がなくても、稽古の道にとどこおおらず、勝手気ままにしないで、年月を過ごせば、芸は達者であっても芸道に励まない人よりは、最後には上手と言われる芸位に達して、人望も十分にそなわり、人に認められて、比類のない名声を得ることである。

世に第一流といわれる一芸の達人といっても、初めは下手だという噂もあり、ひどい欠点もあったものである。けれども、その人が、芸道の規律を正しく守り、これを重視して、気ままにふるまうことがなければ、一世の模範となり、万人の師匠となることは、どの道でも、かわりのあるはずがない。

 

これを最初に知ったのは、敬愛する芥川賞作家にして日本の文学界の重鎮でもある宮本輝先生の『約束の冬』っていう小説の中。
ちなみに、めちゃくちゃ良い小説です^^
超お勧めです。
ぜひ、読んでほしいな〜って思える2冊です(上下巻なのです)。

カリグラフィーに限らず、物事を学んだり習ったりする中で、押さえておいた方がいい、その向き合い方・姿勢が、シンプルに明快に書かれてある文章だと思います。

人間ですからね。
どうしても、恥ずかしい思いはしたくないし、他人様に笑われるなんてことは避けたいもの。

ついつい「うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ」になってしまうな〜

そこはやっぱり簡単ではないですが、でも、まずは一段だけでもステップを上げていこうと思ったら、自分のペースでいいから、取り組む姿勢をほんの少しだけ、この名文に倣って変えてみると、確実に見える景色も変わってくると思うんです。

変わった景色を一回見たら、病みつきになるかも?笑笑

コツコツやっていくのは、もちろんヘビーですが…^^;

そういうわけで、2022年は、この『徒然草』第150段を今再びのベースにして、カリグラフィーも切り絵もやっていこうと思っています。
どうせやるなら…です^^

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2021年10月11日 (月)

Edmund Burk の言葉

ほんとに長らくしてなかった、カリグラフィーの書いて出し。

久しぶりに書きました。
ほぼほぼ練習してない日っていうのが、まず無いかな?くらいに何かは書いてますが、表出しはどれくらいぶりなのか…^^;

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イギリスの哲学者・政治家・政治思想家の Edmund Burk の言葉。

絶望するな。
たとえ絶望したとしても、絶望の中で働き続けろ。

実は、あんまりよく知らないんですが、たまたま某所で見つけて、英訳を含めて、検索かけて調べてみました。

スピードボールC2
パイロットインク
コピー用紙…(^◇^;)
一発書き

一発書きといえば、ほんとは、これとは別のものを書いて出す予定にしてまして、そちらの方は一度練習してから清書…にと思ったものの、もう3回失敗してます。
ちょっと文章的に長いので、ふとした瞬間に気が抜けて綴り間違いとかをしてしまってまして…
アップするのは、まだ少し先になりそうかな。
書きたい文章なので、そのうちに。

これ書いたのは昨日の夜ですが、書いてて思ったのは、やっぱりイタリック体が好きってこと。
シンプルにベーシックに書くのが、自分には一番合っているのかもです。

今回は、自分のために書いてみました。
といっても、何か絶望するような事があったからってことではありません。
熱中症にやられても、たまに爆発して木刀を振り回すようなことがあったとしても、工藤は日々、ほとんどストレスフリーで生きております。笑

最近の悩みとしては、とにかく、日々、仕事が増え続けているということ。
去年の今頃は、仕事の合間時間に読書するくらいのゆとりがあったはずなんですが、振られる業務がじわじわ増えてきてまして、強制的に休憩タイムを取るようにしているくらいです。

一応はバックヤードなんですが、云ってしまえばなんでも屋さん、つまりはショムニです。笑

昨日なんかも、一番偉いさんのPCモニターの台を作ってくれって云われてたのを作成。
板は結構あるので、それを使ってDIYよろしくハンドメイドで作成。経費はほぼ掛かってません。

出来上がりはなかなかのもので、コーナンで買ってきたみたいな感じのものに仕上がりました^^
写メしといたらよかったな〜

もちろん喜んでもらえて、今日はカップラーメンを5つほどお礼にいただきましたよ。笑
ありがとうございました。

というわけで、今夜もこれからカリグラフィー練習です。
量的には相変わらずのA4用紙3枚分ほどですけどね。

がんばります。

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2021年7月14日 (水)

Maya Anjelou(追記あり)

アメブロってフォロー&フォロワーがあって、フォローさせていただいているブログの新規投稿があれば、そのメール通知が届きます。
そのたびに、可能な限りチェックをさせていただいているので、フォローブログは、ほぼほぼ読ませていただいてます。

時に元気をいただいたり、背中を押していただいたり、たまに「蹴り」を入れられたり(⌒-⌒; )
でもね、その度に、感謝しているんです。

そんな昨日は、朝一番に通知が届いたとある記事を読ませていただき、午前中から「やる気」が湧いてきてました^^

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どれくらい振りなんですかね???^^;
ほんと、久しぶりのカリ投稿です。

カリグラフィーは、毎日ちまちまと練習だけは欠かさずやってはいますが、どうにも、書いたものを投稿する気持ちになれず、ずるずるきたここ数ヶ月。

それが、今朝のとあるブログの記事一つで「何しかやると」の気分の盛り上がりがあり、そこに「え〜加減、書けよ!」との天の声まで聞こえてしまい(幻聴やね…笑)、とにかく、寝るまでになんとかして何か書くぞ!と決めた次第。

久しぶりの第一稿ということになります。
何を書こうかと迷いつつ…

書いたのは Maya Anjelou というアメリカの黒人女性詩人の言葉。

History, despite its wrenching pain, cannot be unlived,
but if faced with courage doesn't need to be lived again.

悲惨な過去の歴史は取り戻せない。
でも、勇気を持って立ち向かえば、再び繰り返すことはない。

Maya Anjerou といえば、クリントン大統領の就任式の際、自身の詩の朗読をしたことで有名ですが、何より、M・L・King師との出会いから、公民権運動の活動へ邁進し、大きな貢献をしたことでも名を残しています。
尊敬する黒人女性詩人の一人でもあります。

人種差別の大なる国アメリカは、それでいて尚、人種差別を克服しようとする大きな意思を持つ大なる国でもあります。

今日たまたま読んだ本の中に、同じくアメリカの臨床医師ラリー・ドッシー博士の次の言葉が引用されてました。

「もし非局在的な心が実在だとするならば、世界は孤独と分離ではなく、相互作用と繋がりの場になる。そしてもし人類が非局在的な心を実感することができれば、新しい価値基準が生まれる。人間や国家を長年支配し続けた狂気から、あっけなく抜け出すことが可能かもしれない」

「何百年にもわたって受け入れられてきた人間に対する概念そのものを変えなければ、この地球に未来があるかどうかは疑わしい。もし明日があるとすれば、地球と地上にある一切のものに対する聖なる敬意が、再び生まれなければならないからだ」

そのまま、昨日書いた、このMaya Anjelou の言葉と相通じるな…と思いました。

そしてそれは、自分の足元から可能なのだなって。

 

と。。。(追記です)

先ほど、fb友人の方から連絡をいただき、「スペルミスしとうで〜 それに、テキスト違うんちゃう?」とのご指摘をいただきました。
すぐに検索をかけて調べてみると…確かに違ってました。

dispite → despite です。^^; やらかしている…

そして、doesn't need to be lived again → need not be lived again 

こちらの方のは、工藤が参照したテキストにはそう書かれてあったのです。
でも、これも検索してチェックしてみたら、ご指摘の通りでした。

教えていただいて、よかったです。
感謝してます、Nikki。ありがとう。

 

12日の夕方は、久方ぶりにキレイな夕焼けを見ることができたんです。
梅雨の間(一応、まだ明けてませんけどね)ずっと目にすることのできなかった夕焼けです。

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相変わらずの、自分の部屋のベランダから見る西の空。
なんか、ほっとします。

ところで…今日はたまたま現場にちょっと出たんですが、1時過ぎから「ごっつい」雷雨に。
おまけに、雨に混じって雹まで降ってきてて…
まさに「天変地夭」です。

地球温暖化のこともあり、こういう現象はこれから増えることはあっても減ることはないのは確実。
どうか、少しでも災害が怒らないことを祈るのみです。

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2021年5月26日 (水)

バタバタしてます

毎日、バッタバタしてます。

今日から3連休の予定やったんですが、どうしても今日中にやっておかないとあかんことがあったので出社。
ほんとは昨日のうちにやっておくべきことやったんですが、現場に出てしまったのでね。
で、朝から出社して、終わったらすぐに帰る(といっても、2時間くらいはかかることで…)つもりでいたんですが、「もう、出勤にしとき」との声をいただき、急遽、仕事とあいなりました。

現場に出た昨日は、結構いいお天気。
往きの近畿道を走行中に写メ…

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一回でいいので、これの真下あたりに行ってみたいです。
乗る気はありませんけどね。
聞くところによると、どの程度か知りませんが、この観覧車、足元がシースルーだそうで。
そういうことなら、よっぽどの条件が揃わない限り、余計に乗れませんし、乗りません…^^;

高いとこダメなんす。

でも、高いものは好きなので、こうやって写メるんですけどね。

モノレールも、足元が見えないので遠慮している次第です。

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この日の空はこんな感じ。
雲と青空のコントラストがキレイでした。

今年の梅雨は、今のところですが、メリハリがはっきりしているような。
明日はかなり降るとかです。
天気予報に要注意です。

梅雨といえば思い出すのが、さださんの『つゆのあとさき』っていう歌。
名曲の一つかな。

アルバム「風見鶏」に収録されてたと記憶してます。

”梅雨のあとさきの トパーズ色の風は
遠ざかる君のあとを 駆け抜ける”

↑ ここのとこが好きやったんです♪^^

 

雨は好きではないですが、梅雨になると日本の四季に手を合わせたくなるくらいに、紫陽花とクチナシに目も気持ちも癒されます。

今日は、通勤路で紫陽花を写メってきました。

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紫陽花…七変化とか云われてますが、何よりその花言葉、酷です…(⌒-⌒; )
ある程度は想像できると思いますが…

移り気、冷淡、冷酷、無情、高慢…
ちょっとプラス気があるのは、「辛抱強さ」くらいです。

でもね…
思うんですよ。
この「花言葉」って、紫陽花さんたちに、申し訳ないんとちゃう?って。

紫陽花さんたちにしてみたら、こんな花言葉をつけてきた人間の方が、よっぽど、移り気で冷淡で冷酷、無常にして高慢ちきなんと違うやろか。
自分も、そんな人たち、いっぱい知ってます。
とか云いながら、自分もそんな時期がありました…心から反省しております。
(「冷蔵庫」と呼ばれておりました…m(_ _)m )

ちょっと前に書いたことと重複しますが、やっぱり人は「人に優しく」なんですよ。

そう思うし思えるし、そうありたいっす。

 

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2021年5月18日 (火)

苦悩を突き抜けて歓喜に至れ

3日前なので、15日?にアメブロにアップして、その次の日にこちらへ…と思ってたんですが、所用重なって先延ばしになってしまいました。
ブログが2段構えなので、いつも、どうしようかな〜って考えたりもするんですが、集約して一つにするわけにもいかず^^; 当面はこのままで行こうかと…(以前にも書いたような記憶が)

なんにしても、こちらがメインです。笑

「生きていればいろんなことがあるよね」っていうのは、いつの頃からかの自分の口癖みたいになってます。

ほんとにいろいろある。
時には大笑いすることもあれば、反対に大泣きすることもあるし。
飛び跳ねるような嬉しい思いになることもあれば、悔しさに歯噛みすることもある。

それに…
これが無い時なんて先ず無いんですが、特にここ数年(3年くらいかな)、「人間て、ここまでひどいことができるんや」ってことが、直接間接を問わず、やたらと多かったな〜って思いに浸っていたのが13日の木曜日。

そういう流れで、気持ち的にちょっと鬱々としてきたので、「ここは散歩やな」と、いつもの住道駅前の公園まで行ってきました。

例年よりかなり早い梅雨入りになりましたが、この日はなかなかのいいお天気。

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新緑の季節なので、花が少なかったです。
それでも、植込みには…

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かわいい花が可憐に咲いてて、思わず目元が緩みます^^

ふと、空を見上げると…

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「わお!!!」でした。

こんな光景、そうそう見れないんではない?(そうでもない?笑)

この瞬間に、ベートーヴェンのあの名句が浮かびました。

「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」

この言葉、実は凝縮されたもので、ほんとはこちら…

「無限の霊魂をもちながら永遠の存在であるわれわれは、ひたすら悩みのために、そしてまた歓喜のために生まれてきているのです。
また、優れた人々は苦悩を突き抜けて歓喜を勝ち得るのだ、と言っても過言では無いでしょう」(「新編『ベートーヴェンの手紙』下」小松雄一郎編訳、岩波文庫)

(以下、アメブロでは端折ったこと)

鬱々してた気持ちも、この空を見上げて、一気に消えてしまいました。
散歩って大切です。笑

それと、「悩む」ってことも、だから大切なんでしょうね。

いろんなことがあっても、x軸「0」を起点にひっくり返せばいい。
ひっくり返すのに、結構なエネルギーが必要ではありますが、ひっくり返してしまうと、絶対値で倍の跳躍ができる。

と、とある先輩から教えてもらったことがあります。
「ただし、そのためには《生命力》が必要やで」とも。

その時、「苦悩」が、まさに「歓喜」になる。
そう考えたら、あれこれひどいことをされたとしても、その当事者を憎むことも妬むこともないよ、と。

自分も、いつの頃からか、そういう風になってきたかな。

なんにしても、人間て、人にしたことは、全部、自分に返ってきますから。
そして、人間て、生きてきたようにしか死んでいけない。

これは、特に仕事を通してよく理解出来ます。

だからこそ「人には優しく」ですよね。
でないと損するわ。

当面、お天気の良くない日が続きそうですが、ここは、気持ちだけでもスカッといときましょね^^

 

 

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2021年4月19日 (月)

カフェ「青い屋根」へ

昨日の記事の続きになります。

カリグラフィー伊丹教室のあと、こちらは去年の8月以来になりますが、新伊丹にある「カフェ 青い屋根」へ行ってきました。
オーナーのてらけんさんとは、もう10年くらいのお付き合いになります。

元々は、芥川賞作家・宮本輝先生の大ファンという繋がりからTwitterで拾っていただき、今に至る…です。

「テルニスト」という、その宮本輝先生の超絶大ファンのグループがあるんですが、その端っこに入れていただいたのが始まり。
年に2回か3回ほどしか寄せていただくことはできませんが、てらけんさんは人生の大先輩でもあるし、ある意味「お兄ちゃん」のような存在。

併せて、この場所が、なんていうのか、工藤にとっては、心身ともにものすごく寛げる不思議な雰囲気のある空間なんですよね。

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自分にとっての「テルニスト」はここから始まってます。

何人ものメンバーの方々と、この「青い屋根」でのオフ会で直接お会いさせていただいたり、輝先生(と呼ばせていただいてます^^)の講演会等のイベントでご一緒させていただいたりも。

いわば、てらけんさんのお陰で出会うことのできた方々です。

そういう佳き人間関係を創る大きなきっかけを作ってくださったてらけんさんには、ほんとに感謝してます。

中国の諺に、「飲水思源」「喝水不忘掘井人」というのがあります。
水を飲む時、井戸を掘った人のことを忘れてはいけないよ…ということですが、まさにそれ。

そういえば、テルニストの起源は、ある方(みんな「てつやあさん」と呼んでます^^)が一人で始めた宮本輝先生のファンページ。
てつやあさんが居てくれはったから、今の「テルニスト」があるわけですし、てつやあさんにも感謝です。
東京で、一度だけお会いさせていただいたことがあります^^
やっぱり、めっちゃイイ人でした♪

てらけんさんの人生の来し方っていうのはほんとに波乱万丈で、寄せていただく度に話をしてくださり、笑いいっぱいで帰ることができます。
この日は、1時間半ほどしか滞在できませんでしたが、気持ちもふくよかになって帰途につけました。

そうそう^^
プレゼントをいただきました。

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てらけんさんお手製のレザークラフトのブタさん^^
めちゃくちゃかわいいです♪
今月はちょうど誕生日のある月なので、誕プレですね〜ってことになりました。
ありがとうございます。

前に、フクロウさんもいただいてて、玄関に飾らせていただてます。

このブタさん。
気持ちがトゲトゲした時に、話し相手になってもらいますね^^

また、寄せていただきます。

 

さて、新伊丹駅といえば、薔薇がいっぱいのロータリーがあります。
お天気がよくなかったので、全体は写メってませんが、少しですが薔薇が咲いてましたので、撮ってきました。

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いい香りでしたよ。
来月には満開になるんでしょうね。
楽しみです。

 

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2021年4月 6日 (火)

桜見納めとスプリングカラー

昨日、アメブロにアップしたのと同じ題名にしたんですが、やっぱり…ダサダサですよね、これ…
他に云い方ないんやろかと思いつつも、特に浮かばないので、このままいきます。(⌒-⌒; )
本読む割に、ボキャブラリーが少ない工藤です。

一昨日はよく降りました。
今日は、朝からお天気で気持ちよかったんですが、昼過ぎから曇りだして、退社タイムは雨降り再び。
おまけに、この2日間は寒くて…
寒暖差が大きいですので、コロナ禍の中、風邪ひかれませんように…です。

桜もこの雨で、ほぼほぼおしまいの感じですね。
うちの近所周り、特に通勤路と通常の徒歩域は桜がほとんど植えられてません。

今年観ることのできた1番の桜は、こないだの四ツ橋・心斎橋エリアの公園の桜。
それはそれできれいでよかったんです。
でも、やっぱりなんか寂しい…^^;

ふと思い出したのが、ご近所さんの比枝神社。
神社と云えば桜。
もう残ってないかもと思いつつ、散歩兼ねて行ってみました。

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なんとか残ってくれてました^^

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もう少し早く思い出してたらな〜
来年は満開の頃に必ず。

ちょっと和んだ気持ちでもって、このあと所用で住道まで。
行った先の近くに大東公園ていう公園があったので、寄ってみました。

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公園と云えば桜です^^
かなり散ってしまってましたが、頑張って咲いてくれてましたよ。

今年の桜は、これで見納め。
来年も、楽しみにしてます。

 

この時期、歩く道々でも、かわいい花たちがいろんな場面で咲いてますよね。
気持ちに余裕がない日が多かったりするので、どれもこれもに目を向けることはできてませんが、ちょくちょくと写メってます^^

まさに、スプリングカラーかな♪

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↑ ↓ 一重のヤマブキ

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↓ こちらは八重のヤマブキ

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↑ ↓ 今年も咲き始めた通勤路の姫林檎の花
去年の台風で大きな枝が折れてしまい、危ないからってことで、可哀想に、かなり切られてしまいました。
それでも負けじとかわいい花がいっぱいです^^

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↓ の3枚は勤務先の植込みに、パートのおばちゃんが植えてくれはったものです。
まさに、スプリングカラーです。

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最後はジューンベリー(だと思います)
6月になると実がなるんですよね。
小さな白い花がいっぱい。

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桜の次は、ハナミズキですね。
工藤が大好きな花の一つです。
こちらも、近所周りではほとんどありませんが、どこかで見つけたら写メっておこうと思います。

歩いて動けるわけでもなく、もちろん、どこかへ飛んで行くこともままならないにもかかわらず、じっとその場で精一杯咲いている花たちには、癒しだけでなくて、元気ももらえます。

とある先輩が教えてくれた文章が思い出されます。

私は、いつも思う。
「人は花に学ばなければ」と。
花はいつも一生懸命だからだ。
投げやりに咲いている花はない。
いやいや生きている花はない。
途中で、へこたれる花はい。
笑うことを忘れた花はない。
過去にとらわれたり、人のあらを探したりしている花はない。

「どんな時も楽しめる。苦しいことでも楽しめる」その強さを得るまでは、人も死んではいけないのだ。

さ、明日も頑張ろう^^

 

 

 

 

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2021年1月13日 (水)

ネルソン・マンデラ氏名言…人生で最も賞賛すべきは…

獄中一万日を耐え抜いたネルソン・マンデラ氏。

分厚〜いマンデラ氏の本を2冊読んだことがあります。
分厚いものの、一気に読んだことが懐かしい。

その2冊の英語原書も買いました。
そうです。買ったんです。
手元にあるので、きっとそのうちに読みます…多分、読みます…読むんちゃうかな…ま、いいやん(^◇^;)

そのネルソン・マンデラ氏の名言のひとつ。

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The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.

人生で最も賞賛すべきは、転落しないことではない。
転落しても、何度でも立ち上がることである。

 

何年ほど前だったか忘れてしまってますが…

ある方に、こんなことを云われたたことがあります。

「工藤くんは、叩いても叩いても起き上がってくるよね〜」

心底嬉しかったですね。
これ以上の褒め言葉はないと思いました。
これ、自分の中では「たからもの」のようなものになってて、今も大切にしてます。

人間が器用ではないし、だからまた、生きるのも器用ではありません。
周りからはそうは見られませんが…^^;

手先は器用ですけどね。あ、ちゃう、小手先や(^^;;

が、そんな奴なので、今もしょっちゅう転けてます。
でも、七転び八起きではないですが、その度に起き上がって、また前へ歩いていけるのは、この「たからの言葉」があるからってのは必定。

なので、その方には、今も感謝しかないですね。

これからも、確実にコケまくるのは見えてますが、それでもその度に起き上がってやるつもりです。

 

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2020年12月20日 (日)

今年もあと少し…

また、すっかり「間」が空いてしまいました。
申し訳ありません…m(_ _)m

FacebookでもInstagramでも、ずっと記事アップをしてないもので、

「工藤さん、大丈夫ですか?」

との、優しいお言葉・メッセージを、ちょくちょく頂くことが増えてきました。^^;

もうそろそろいい加減に、表へ出ていかないとアカンな〜と思ってたところです。

新型コロナのこともあるので、工藤の仕事内容を考えて、心配をしてくださる方も多いみたいです。

お声がけをしてくださった友人の皆さま、ほんとに、ありがとうございます。

アメブロの方では、書かなかったんですが、実は…10月の末から気管支炎にやられてしまいまして、やっと昨日辺りから完治の目処がついてきたような…と云うのが実情。
といっても、仕事は休まずに行ってますし、熱があるわけでも無いですし、気管が痛かったのと咳が止まらないことがあったこと以外は、特段何もなく大丈夫。

でも、この世相の中、流石に咳はね…
今はほとんど現場へ出ることがないものの、たまに出ていかないと行けないこともあり、そこで出そうになる咳を我慢するのが大変でした。(⌒-⌒; )
病院にも行けなかったです。

ご存知の方もいてはりますが、工藤の気管支炎て、コーヒーの飲み過ぎが原因になるという摩訶不思議なやつです。笑

(長くなるので、詳細は端折りますが)

ひどい時は、気管支喘息にまでなってしまうんですが、今回は気管が痛いだけのところで止まってくれたのが幸い。
これ、1年半くらいに1回はなるような持病みたいなものなんですが、今回はどういうわけか、軽い気管支炎で止まってくれました。
ただ、長かった…^^; ほんま、ひと月半超えは長すぎです。

それと併せて、とにかく仕事がハードで。
休みの日も会社へ顔出しをして、ちょっと2時間ほど作業をするのが通例みたいになってます。
今月も、休みの半分以上は出社してますね。

4月から考えると、量的な部分だけでも倍にはなってます。
でも、その分、処理能力はアップしました。(自慢だー 笑)

それと…
「何かあったんですか?」とのメッセージもいただいたりしますが、↑ の件以外、特に何も無いです。^^

なんし、毎日クッタクタなので、キー打ちする気分にもなれず、PCの画面は見てますが、「作業」をするメンタルにはなれませんでした。

でも、昨日から一応「復活」…かな^^

 

そんな日々を過ごしているうちに、今年も残り僅かとなりました。

振り返って、2020年も、ほんとに素敵な出会いに恵まれた一年だったと思えます。
コロナのことがあって、実質的に表へ出て行くことは減りました。
が、「リアル」と併せて「ネットの世界」も含めてってことになりますが、「人」だけではなくて、大好きな「切り絵」のいろんな作家さんたちの作品やら、「文字・カリグラフィー」の世界、「ハンドメイド」から「アート作品」まで、あれこれと接する機会を持てたのは幸甚でした。

以前から知己であった方々が、前にも増して、このコロナ禍の中を頑張ってはったり、いろんな事情で中断していたことを新たな気持ちで再起動させている姿を見せてもらったり。

そういうことも、「新しい出会い」と思ってます。

誰かと接することで、それが「元」になって、自身が元気になれたら、それって嬉しいことやないですか。

アートって、人を分断する物ではなくて、人を繋ぐもの・調和を醸し出していく力を持っているものと思うんです。
だからこそ、人それぞれの基準とか嗜好はあるものの、「いいと思えるものはいい」って真っ直ぐに云えることもまた幸せなことだと。
そこに手枷や足枷がはめられてしまう世界って、自分は好きになれません。

そうそう。
本を読んでても、例年以上にその時その時の自分にうまくフィットする文章に出会えたりもしました。

随分前に読んだ本の中に、「結局、人生は、出会いに尽きるものかもしれない」っていう一文があって、強く心に残ってます。
宮城教育大学の初代学長をされた林竹二先生の言葉です。
林先生は、工藤が一番尊敬する教育者で、灰谷健次郎さんとの対談集もあります。
その通りだと思うんです。
人間だけではなくて、どんなものとの「出会い」も全部、きっと大切なんですよ。

去年の春先に、ある方と懇談をしてた中で、話の流れで相手の方がこんなことを云われました。

「私の知らない人たちが、私のことをどれだけあれこれ云おうと、私は一切気にしません」

この方との出会いも、今、新しい展開を紡いでくれました。
先日もちょっと話をさせていただいてたんですが、総じて「潔い」。
性別を超えて、「潔い」人は、やっぱり大好きです。

あと10日ほどで2021年。

次なる一年も、佳き出会いに恵まれたいですね^^

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