いつも歩く時は、やたらと空を見上げてます。
(大丈夫です。「滅多に」ぶつかったり、落ちたりしません。笑)
今日も、さっき、ちょっと〒へ出向いてきた帰りに、ふと、空を見上げると・・・

めちゃくちゃキレイでした。
得した氣分になりますよね、こういう光景に出会えると。
昨日今日と、ケムケムが無いので、それもまた嬉しい限り。
いいお天気、続きそうです。関西は。
9月の本読みは5冊でした。
残り3ヶ月もこれくらいのペースでいけたらと思ってます。

アイン・ランド著『肩をすくめるアトラス』
アメリカでの有名な話で、ざっくりしたアンケートで、この本が聖書に次いで「人生で最も影響を受けた本」ということになっています。
ただ、おもしろいのは、学者等へのアンケートでは名前もあがってこなかった。
何人もの方がYouTubeやらnoteやらで表現されてますが、それって結局、リベラルには受けが悪いってことです。(アイン・ランドの思想的なものを観ると納得。笑)
個人的には、YouTubeでの芥川賞作家の羽田圭介さんの解説が一番しっくりきました。
まあ、ラストの方のロシアがどうの、ウクライナがどうのって部分は、事実誤認・情報不足ですぜい!と云いたかったですが。
この3冊。かなり分厚い。笑
当初は半年(ふと月に1冊ペース)くらいで読めたらいいかと思ってました。ところが、読み出すとあまりにも面白すぎて、隙間時間だけで読んでたんですが半分の3ヶ月で読めてしまいました。
自分はリバタリアンでもランディアンでもありません。
・リバタリアン:個人の自由や自己決定権を最大限に尊重し、国家や政府による介入や規制をできる限り小さくするべきだと主張する思想(リバタリアニズム)を支持する人々のこと。日本語では「自由至上主義者」などと訳されてます。
・ランディアン:著者のアイン・ランドの強烈なファンってところかな。
なので、アイン・ランドの思想とかを知りたくて読んだものではありません。
「聖書」に次いで…とまで云われている本なら、一度は読んでおこうかな…ってくらいのトーン。
でも、ともかく面白かった。
といっても、「感動した」とかってことではありません。
いくつもの思想的なものがボトムから含まれてはいるんでしょうが、そんなことより、「企業恋愛小説」って感じでしたね、自分には。
一点、不満をいうと、2冊目の 1/3 を過ぎるあたりから、残りの筋書きが垣間見えてしまったってことかな。先が読めてしまうんです。
それでも、それはそれとして、ラストまでワクワクしながら読ませてもらえたのが、お高いものでしたが(3冊で6000円ほどです。悲鳴!)読んでおいてよかったと思ってます。
以下、少し、付箋を貼ったところ。
・「フランシスコ、もっとも堕落した人間ってどんな人間のこと?」
「目的のない人間のことだ」
・だが人生も、幸福も、理にかなわない氣まぐれに流されていてはまっとうできない。人はどれほどでたらめに生きようとも自由だが自然の定めに従って生きないかぎりは滅びるのと同様、人はいかに無分別な詐欺によって幸福を求めようと自由だが、人間にふさわしい幸福を追求しない限り、葛藤の責め苦に苛まれるばかりだろう。道徳の目的は人に苦難と死を教えることではなく、楽しんで生きることを教えることだ。
・タッガートさん、あなたは二流の人物の烙印をご存じかな? 他人の業績への憤りですよ。誰かが自分の業績を超えてしまわないかとびくびくしている神経質な凡人ども——やつらは頂点に到達したときの孤独をこれっぽっちも知らんのだ。同等の人間を求める孤独——尊敬すべき精神と賞賛すべき業績への渇きを。相手はその輝きで他人の影を薄くするのを喜ぶものだと思ってやつらはネズミの巣から歯をむきだす——実際は他人の中に才能のきらめきを見るためなら人生のうちの一年をささげてもかまわないと思っているというのに。やつらは成功を妬み、大きな夢といえば、すべての人間が自分より劣ると認められている世界だ。そんな世界は偉業を成す人間には耐えられないものであって、そんな夢をみることこそまぎれもない凡庸さの証拠だということをやつらは知らん。自分より劣った者たちに囲まれるときにどう感じるか、やつらは知りようがない。憎悪? いや、憎悪はない、倦怠感——ぞっとする、絶望的な、ひどく疲れる、感覚も麻痺するような倦怠感です。尊敬できない人間からの賞賛や追従に何の価値がありますか? あなたは自分が賞賛できる人間への渇望を感じたことがありますか? 見下すものではなく、あおぎみる対象への渇望を。
・楽しくないことに力をつくし、尊敬しないものに仕え、悪とみなすものに屈し——世界を他人の価値観にゆだね、自己を否定し、拒絶し、放棄してみることだ。自己とは諸君の知性のことであり、それを捨てれば、諸君は肉の塊になり、人食い人種の餌食になるだけだ。
・すべてのことがらには二つの側面がある。一方は正しく、もう一方は誤りだが、中間は常に悪である。誤っている人間はまだしも、選択の責任を引き受けるだけではあっても、真実へのいくらかの敬意を保っている。だが中間の人間は、選択肢や価値など村んざいしない振りをするために真実を抹消し、どんな戦いにも関与しないことをよしとし、無実の人間の血で金儲けもすれば罪人のもとへ這いつくばっていくこともいとわず強盗と被害者の両方を刑務所へ送りこむことで正義をわかち、思想家と愚人に歩み寄りを命じて争いを押しのける悪党である。食物と毒との間では、少しでも妥協しようとすれば、勝利しうるのは死だけである。善と悪の間では、少しでも妥協しようとすれば、利益を得るのは悪だけだ。悪に糧を与えて善を枯らす輸血において、妥協する者は送るゴム管の役割を果たすことになるのだ。
面白かったですが、特にお勧めはしません。^^;
お勧めするなら、
・デヴィッド・ホーキンズ博士の『パワーか、フォースか』と『「手放し」のすすめ』の2冊ですね。
これは読んでおいた方がいいかと思います。
というわけで、今月は、星よみの勉強本をメインに読んでいこうかと思っています。