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2026年9月 3日 (木)

ペレと『徒然草』第150段 再び

大阪でも地域によるんだと思うんですが、自分ところエリアは夕方にちょっと土砂降りがあったくらいでした。

今日は、枚方エリアで1000世帯くらいの停電があったそうなので、明日以降でやばい降りになるかもしれませんね。
「準備」には電気をよーさん使うみたいですので。

線状ナンタラの前には停電有りです。

 

ペレの言葉です^^

20260903

全ては練習のなかにある。

 

サッカーってそんなに興味があるわけではありません。
カズさんくらいかな。
でも、ペレは正常最高のサッカー選手。
そのペレの言葉だけに、重みがあります。

カリグラフィーも練習あってこそ。
だから、毎日、最低でも1行は🖊️

”練習”といえば、『徒然草』の第150段ていうのをいつも思い出します。
ここでも、何度も書いてきたました。

 

【原文】

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

いまだ堅固(けんご)かたほなるより、上手の中にまじりて、毀(そし)り笑はるるにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性その骨(こつ)なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、堪能(かんのう)の嗜まざるよりは、終(つい)に上手の位にいたり、徳たけ、人に許されて、双(ならび)なき名を得る事なり。

天下のものの上手といへども、始めは不堪(ふかん)の聞えもあり、無下の瑕瑾(かきん)もありき。
されども、その人、道の掟正しく、これを重くして放埓(ほうらつ)せざれば、世の博士にて、万人(ばんにん)の師となる事、諸道かはるべからず。

 

【現代語訳】
〈150段:芸能を身につけようとする人〉
芸能を身につけようとする人で、「上手に出来るようになるまでは、人に知られないようにこっそりと習って、 うまくなってから出ていったら格好いいだろう」と言う人がいるけど、そういう人はなにも身につけることはできない。

未熟なうちから、上手な人に交じって、笑われようとも恥ずかしがらず、平気で押し通して練習に励む人は、生まれつきの才能がなくても、何年も練習に励んでいると、才能があって芸にうちこまない人より、上手になり、人徳もそなわり、世間からも認められ名声を得る。今は「天下に並ぶ者なし」と言われている人でも、はじめは下手で欠点もあった。
それでもその人が正しく学び、それを尊重して勝手な振る舞いをしなかったからこそ、多くの人がその教えを授かることができるようになった。その道の名人になるということは、どんな道でも同じである。

 

なんでもそうなんでしょうけどね。
これと併せて、時々生徒さんたちにお伝えしているのは、

「どんな文字(作品)でも、絶対にバカにしてはダメ」ってこと。

理由はいくつかありますが、バカにするっていうこと自体が心理学的にもよろしくないですから^^

 

今日は休みで、昼からずっと本を読んでました。

学びのほうのものなのですが、こんなにじっくり読める時間て滅多に無いので、「落ち着いて(笑)」「ゆっくり(爆)」と読むことができましたね。^^;

いつもチャカチャカしながらの隙間時間で読んでいるので、こういう日もいいものです。
とりあえず、半分くらいまで読めたかな。

これからの時間、あと少し続けます。



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