ことばのちから

2019年12月24日 (火)

ウィークリーカリグラフィー 48 と「ハロ」

昨日のうちにアップしたかったんですが、アメブロ打つので精一杯。
あとは睡魔に勝てず…**
日付変わったので、2日遅れのアップです。

そうそう。
カリグラフィーの前に、ひとつ。

会社の3階で仕事中、何気に外の「空気」を見ていると、なんか出てそうなオーラを感じてベランダへ。
彩雲が出るには光の加減が弱かったので、それではないな〜と思いつつ…

「ハロ(halo)」でした。

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ここまでクッキリはっきりのものは、かなり久しぶりなのかも?
11:00過ぎくらいのことでした。
このあと1時間ほどで消えてしまいましたが。

果たして、吉瑞なのか凶瑞なのか…^^;

 

さて、ウィークリーカリグラフィー。
48回目まできました。

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Only Passing Through

「とどまることなく」

アメリカのソジャーナ・トゥルースの代名詞のような言葉。

たまたま3日ほど前に、そのソジャーナ・トゥルースのことが書かれてある文章を読む機会がありました。
それもあっての、この言葉のセレクト。

絵本があります。

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絵本は子供のためのもの…っていう大きな括りがありますが、自分はそうは思わないです。
所謂「大人」こそが読んでいかないとアカンのでは?
この本も、そんな1冊。

それと…
ソジャーナ・トゥルースのことを調べてて、アメブロにいい文章が上がってたので、リンク付けしておきます^^
よかったら、読んでみてください。

「自分で自分を造りだす〜ソジャーナ・トゥルースの物語」

 

1996年に、アメリカで火星探査機が打ち上げられました。
名前は公募されて「ソジャーナ」と名付けられ、翌年、火星に着陸。

その200年前。
1797年に奴隷の子として生まれたのがソジャーナ・トゥルース。(元々の名前はイザベラ)
それに因んでの命名だそうです。

奴隷としての日々は、30歳頃まで続き、その後、やっと「自由」の身に。
佳き人たちとの出会い、聖書との出会い。
そこに、自分自身の体験を元に、奴隷制度がどれほど邪悪で残酷なものであるか、女性への差別がどれほど不当なのものかを訴えながら、アメリカ中を歩き続け、訴え続けた不撓不屈のソジャーナは、見上げるほどに背の高い女性だったようです。

「話をすれば、会場に火を付ける」と脅されたときには、「私は、灰になっても話し続ける!」と、毅然と云い放ったことは有名な話。
自分の子供を勝手に売った白人男性を裁判にかけて勝訴したことも、よく知られています。

ソジャーナのことを調べてた際、アメリカの民衆詩人ホイットマンの詩句を思い出しました。

改革が必要であればあるだけ、それを成就するための「人格」が必要になる。
今日すぐに始めたまえ、
勇気、実在、自尊、明確、高貴を目指して君自身を鍛えることを、
君自身の「人格」を固め広めるまでは、休んではならない。

なんか、ぴったりやと思うんですね^^

「どどまりことなく」

来年は、この言葉を胸に置いて、しっかり頑張っていこうと思います。

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2019年12月17日 (火)

「ウィークリーカリグラフィー 47」は凡ミスやったの巻

ブログペースがゆるゆるですが、やっぱりバタバタしておりますので、無理はせず。
書くことがかなり溜まってきてはいるんですけどね。

それでも巡ってくる「ウィークリーカリ」の日。
昨日は、ネルソン・マンデラさんの言葉が書きたくなったので、検索をしてセレクト。

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Part of being optimistic is keeping one's head toward the sun, ones feet moving forward.

楽観的であるということは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すことである。

 

結構、気合を入れて書いたんですよ。
そのせい?なのか、「moving」のところが「mooving」になってしまってました^^;

でも、こういうケアレスミスみたいなこと、工藤は結構あります。

前回やったかのギルド展。
「clearly」が「clealy」になってたんですが、これ、作品が戻ってきてしばらくしてから発覚。
何気に眺めてて、「なんか変やな〜」っていう「気配」みたいなものが感じられて、よくよく見たら…

「!!!」でした…

もう、作品集にも載ってあるし… 取り戻せない時間… 部屋で叫んでました。

今回は、いつものように、Instagramfacebook へアップ。
facebook の方で、「友人」さんが指摘を。
最初は、何をいうてはるんやろ?って思ってて、気づくのが遅すぎの鈍です…

書き直しも考えましたが、時間的に余裕がないので、無理することなく、「まんま」で通すことに決めた次第です。

マンデラさんのことを全然書いてませんが、それはまた、機会があるでしょうってことにしておきます^_^;

 

さて、読書。
今月は、4冊読了。
年間100冊まで、残り3冊。
可能なら、1冊でもいいから、100超えたいな〜

 

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2019年12月13日 (金)

ウィークリーカリグラフィー 46 と プチ忘年会

もうすぐ日付が変わって金曜になりますが…

ウィークリーカリは、今回は火曜に書きました。
月曜は、気心知れた友人とプチ忘年会。なので、一日延期に。
多分、これが今年の忘年会の最初で最後になるやろなぁ…

とりま、カリです。

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Ralph Waldo Emerson の言葉から。

To be yourself in a world that is constatnly trying to make you something else is the greatest accomplishment.

絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それが最も素晴らしい偉業である。

エマソン、ソロー、ホイットマンの系譜は、自分的にかなり好きなのでよくセレクトしますが、これは…確か、書いた記憶はない?^^;と思います。

この文章に関しては、書きたいことがワンサとあるんですが、かなり長くなりそうなので、やめておきます。(^◇^;)

 

ここんところ、公使共にまたまたヘビー級に忙しく、元々が記憶力悪いところに頭の中のデータが錯綜してまして、ぐちゃぐちゃになってます。
目の炎症の方はなんとかマシになってきている状態。
特にコンタクトレンズの手入れは、グーたらしたらだめですね。
今回は、特に身に染みました。^_^;

そんな淀みのあるような流れの中で、月曜の夜は「プチ忘年会」が。
この3人が一堂に顔を合わせるって、ありそうでなかなか無かったという組み合わせ。
それぞれがそれぞれで仲良くしてきているので、気心も知れてて、余計な気遣いもなくて、心地良かったです。

入ったお店も良かった良かった^^

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なんと、初っ端からパクチーを食べられるという幸運に♪
半年ぶりくらいですよ、パクチー。

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こちらは、3種盛り合わせ。
タンもズリも美味。

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定番のポテトフライ。
工藤はケチャップ不要派。
強いていうなら、マヨがいいかな。

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なんか、テキトーに頼んだものですが、どれも良かったですよ。

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1本を3人で分け分け。

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これだけあれこれとお肉を食べたのは、かなり久しぶりかも知れません。
話もおもろいし、口にするものも美味しいし、めちゃくちゃイイ時間になりました。

お店の名前、覚えてなかったんですが、調べました。笑

「肉屋の肉バル TAJIMA Whity うめだ店」さん

お勧めです。

そうそう。
アメブロの方にも書いたことですが、この日、家に帰ってきてからふと気付きました。

「心身がすっきりして軽い」

やっぱり、佳き日に、良き友と、良き場を共有できたことが、イイ塩梅に効いたのかもですね。
どちらかといえば、体調も万全では無かったので、嬉しいかぎりでした。
そういう経験のある方、結構おられるのでは?

 

今年もあと半月余り。
やり残し…多いな〜( ̄◇ ̄;)

 

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2019年12月 3日 (火)

ウィークリーカリグラフィー 45

一年が過ぎ行くのは、ほんとにあっという間ですね。
もう12月です。

光陰、矢の如し。Time flies.
そして、ウィークリーカリも45回まできました。
多分…ですが、夏の熱中症さえ無ければ、年内に50までカウントできてたでしょうね。

ま、それもまた可なり…ということで。

 

日付が変わってしまったので、この記事アップは火曜になってますが、正確には昨日の月曜の書きです。

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マハトマ・ガンジーの言葉。

You have to stare the world in the face...
Do not fear.
Trust that little thing in you which resides in the heart.

真っ向から世界を見据えるのだ。
恐れてはならない。
君の心に響く、小さな声を信じ給え!

 

何で書いたのか忘れましたが、多分、前にも書いたことがあると思います。
(こういう記憶が、しっかりしてないんですよね、子どもの頃から)
デイリーカリをしてた時やったかな…
ま、いいけど。笑

今回はイタリック体で。

カッパーとイタリックでしか、今は書いてないので、他の書体はしないんですか?と、たまに云われたりします。
ゴシックとかゴシイタ、カロリンジャンで考えたりもするんですが、そのうちに…ってことにしておきますね。

でも、一応、理由はあるんです、これでも…(^_^;)
イタリックは一番好きな書体なので、これは別として、カッパーは、いろいろと思うところがあって。
十年一日ではないですが、いつまでも変わりばえのしない事を続けるのもどうかなと、今年の半ば頃から思うようになりまして。

そのきっかけを作ってくださった方がいます。
Jさんとしておきます。

今年に入ってから、そのJさんが新しい事を始めたんですね。
ある意味、門外漢なことでもあって、少し心配しつつもエールだけは送らせていただきました。
始めるにあたって、いろんな「不安」とか「恐れ」とかもあったと思うんです。

でも…蓋を開けてみると大盛況の大成功。
今現在も、その流れは変わらず継続中。

きっとうまくいくって思ってはいましたが、それはそのJさんが、自分の心のうちにあるご自身の「小さな声」をどこまでも信じたからではないかなって。

Jさんが立ち上げられたところに集い来られた方々も、幸せやろなってことも思います。

その姿を見てて、自分も頑張らねば☆と思った次第です。^^
何を「頑張る」のか。
カッパーを多少なりともブラッシュアップさせたいと思って、「習い」に行くことにしたんです。
基本、月に一回ですが。
来年からは、多分することはないと思ってた「書式」も習うことになるかも。
とにかく、「先生」が優秀なので、安心して学べます^^

なので、そのきっかけを創っていただいたと云っても過言ではないそのJさんへの感謝の思いも込めての今日のガンジーの言葉のセレクトでした。

工藤が尊敬する教育者・林竹二先生(宮城教育大学初代学長)が云われてました。

「結局、人生は出会いに尽きるものかもしれない」

Jさん、ますますの大発展、祈ってます^^

 

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2019年11月27日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 44

ウィークリーカリグラフィー、今回は日曜ではなくて、月曜の昨日書かせていただきました。
めちゃくちゃ忙しくて、手が回らなかったというのが実情。
3連休で、日曜・月曜はほとんど部屋にこもってたんですけどね…
要領、悪いんです…これは宿痾なのか…(^_^;)

 

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魯迅(Lu Xun)の有名な言葉です。

道とは何か。
それは、道のなかったところへ踏み作られたものだ。
荊棘ばかりのところへ、拓き作られたものだ。
昔から、道はあった。将来も、永久にあるだろう。

What a road ?
It is steps taken in a place where no road exists.
It is the cultivation of a thorny place.
From ancient times, roads have been made and will always be made.

随分前から「魯迅を読め!」と云われてきて、なかなか素直になれずに読むことがなかったのが、いつの頃かにふと書店で手に取って買ってきたのが、『阿Q正伝・狂人日記、他十二編』岩波文庫。
元々は、『吶喊(とっかん)』と銘打って出された短編集です。

時代背景を理解してないと、わかりにくいかもしれません。

当時は、儒教ベースの封建社会でしたからね…

自分の本棚には、これと併せて、『故事新編』と『魯迅評論集』があります。
今回は、『魯迅評論集』からの引用。
どれも、竹内好氏の訳なので、読みやすいです。
余談ながら、郭沫若の『歴史小品』も持ってます。

この「路とは何か?」のすぐ前には、こんな文章があります。少し長いですが。

自然が人間に賦与した不調和は、かなり多い。人間の方でも、萎縮し、堕落し、退歩したものが相当ある。しかし、生命は、そのために後もどりはしない。いかなる暗黒が思想の流れをせきとめようとも、いかなる罪悪が人道をけがそうとも、完全を求めてやまない人類の潜在力は、それらの障害物を踏みこえて前進せずにはいない。
生命は、死を恐れない。死の面前で、笑いながら、踊りながら、滅亡した人間を踏み越えて進んでいく。

この一文、「生命の道」と題されてます。
20行ほどの文章。
ここに詰まっているもの、かなり密度が濃いです。

 

さて、今月の読書。
10月が6冊としぼんでしまった分、11月は!と気合が入って、今のところ、8冊まで読めてます^^
月内、あと2冊は読みますよー☆

 

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2019年11月18日 (月)

ウィークリーカリグラフィー 43

今月は、仕事が休みの日は、ほとんど部屋篭りになってます。
昨日も、朝から寝る直前まで、ほとんど、PC打ち込み作業…
座っとうだけなんですが、これも体力要りますよね。
もちろん、休憩はしてますけどね。

何をしとうかというと、仕事には全く関係なく、頼まれたものでもなく、ただただ、個人的な思いのもので、とある方の事績を取り込んでいるという…年内に「完」は無理で年越しは確実ですが、やり遂げたいと思ってます。

 

さて…
その昨日は、週一カリを。

20191117

アメリカの化粧品会社「メアリーケイ」の創業者である Mary Kay Ash という方の言葉。

When you come to a roadblock,
            take a detour.

行く手を塞がれたら、回り道を行けばいいのよ。

 

今回は、手持ちのデータからではなく、「英語名言」で検索してピックアップしました。
この文章を見た瞬間に思い出しのが、マーチン・セリグマン博士というアメリカの心理学者の『オプティミストはなぜ成功するか』という本。
この方、確か、1993年か94年あたりで、全米心理学会の会長になってはったはず。
ポジティブ心理学というものがあるんですが、それの創始者でもあります。

↑ の Mary Kay Ash の言葉は、シンプルでいて、底流に「オプティミズム」が揺るぎなく流れている感を受けたんです。
だから、セリグマン博士のことを思い出しのかも。

ちなみに、この本を読んだのは、初めて鬱の発作を起こして40日の間、仕事を休んだ時でした。
1993年。
今となっては懐かしいですが、それから20年近く…苦しかったな…笑

ほぼ脱し切った時、医者が「なんでここまで良くなったと思いますか?」と訊いてきたので、「負けたくなかったんです」と答えたら、「すごい意志力ですね…」と感心してました。
まだまだ、自分、捨てたものではないと思っておきます。^w^

行き止まりは、見た目には「行き止まり」でも、見方によったら「軌道修正の勧め」の場なのかもしれません。

 

明日も、頑張ります♪

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2019年11月13日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 42

42まできました。

以下、言い訳(^_^;)

一応、ちゃんと10日の「日曜日」に書いてたんです。
5行の文章でした。
4行目に入ったところで、ニブにガッシュを補充する時に、溶かしたガッシュを入れてある小さな容器が、手に持った途端に滑って落ちて倒れてしまいまして…
あとは、悲惨な状態です。

その瞬間に、工藤のベクトルは「寝る」へ向いてしまいました。
午後11時40分くらいやったと思います。(^^;;

で、昨日、やっとやり直しをさせていただいた…というわけです。

文章は、変更したんですよ。験が悪いので。笑

20191112

アメリカに、Henry Wadsworth Longfellow(ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー) という詩人がいました。
その詩人の名言の一つです。

 Let us, then, be up and doing,
 With a heart for any fate.

訳は色々あるんですが、ここでは…

  それでは、立ちあがり、行動しよう。
  いかなる運命のもとでも、精一杯に。


ロングフェローで有名なのは、

 A Psalm of Life「人生賛歌」

という詩。
今回書いたのは、この「人生賛歌」の最後の一連4行のうちの前半2行。
残りの2行も書けばよかったかな…

Still achieving, still pursuing,
Learn to labor and to wait.

 いよいよ励み、いよいよ求め、
 労苦し、時を待つことを学ぶのだ。


岩波文庫の『アメリカ名詩選』にも納められています。
手元にあるので、あらためて読んでみます^^
これは、来年…といわず、来月には☆

このロングフェローで特筆すべきことがあります。
アメブロの方にも書いたことですが、あの、ダンテの『神曲』を初めて英訳してアメリカに紹介したのが、この詩人であったということ。
すごい偉業だと思うんですよ。
最敬礼です。

詩を読むことって、今はなかなか日常ではないですよね。
何より、本を読むってことがなくなってきてます。
ビジネス書とかハウツーものとかよりも、やっぱり文学、それも古典とか名作とかってものからこそ、得るものはより豊かで、より深くて、生きていく上で価値のあるものやと思うんやけどな〜
いろんなところが綻んで、いろんなところがギスギスしてきとう時代やからこそ…

 

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2019年11月 3日 (日)

ウィークリーカリグファフィー 40&41

先週書いたもの、アメブロの方にはアップしたんですが、こちらへ上げる時間が無くて…
なので、抱き合わせで。

 

まずは、40から。

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Robert Browning の詩から。

僕は、敵に向かって背を向けることなく胸を張って邁進し、
暗雲に閉ざされても晴れることを疑わず
正義が敗れても悪が勝つとは夢想だにせず、
斃れるのは再起するため、
敗れるのはよりよき戦いを戦うため、
眠るのは目覚めるためと、固く信じていた男だ。

イタリック体。

行間がちょっと広すぎましたね。
ぶっつけ本番とはいえ、もう少し狭めてもよかったかもと反省してます。
失敗は成功のもと。
やればできると思うのです^^

 

そして、41。

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こちらはカッパープレート体で。

ロマン派の詩人・Victor Hugo の言葉から。
これは、小説『九十三年』からになります。

私が望むのは、精神に対しては自由を、心に対しては平等を、魂に対しては友愛を、ということです。
たくさんです! もう束縛はたくさんです!
人間がつくられているのは、くさりを引きずるためではなく、つばさをひろげるためなのです。

Hugo といえば、長編の『レ・ミゼラブル』や『ノートルダム・ド・パリ』が定番かもしれませんが、自分はこの『九十三年』がかなり大好きです。

↑ の訳文は稲垣晃三先生のもので、岩波文庫版やったかな?
自分の手持ちは、「ヴィクトル・ユゴー文学記念館」全10冊というもので、ほぼほぼ辻昶先生の訳文。
ま、どちらの先生も、名訳ですけどね。^^

↓ これです♪

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一回通ししか読んでないので、年明けたらまた読んでみようかと…

と云いつつ、思い出したことが…
似たようなこと、結構書いてきたような気がします。

「また読んでみようと思います」(^_^;)
「そのうち、また読んでみようかと」(⌒-⌒; )

来年…どうなることやら…

 

ちなみに、10月の読書は6冊でした。
目標マイナス4冊。
今月は頑張ります。

 

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2019年10月23日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 39

昨日は、18時間も寝てました^^;

今月に入ってから、会社の我楽多倉庫の片付けをしてます。
午後はほぼその作業なんですが、立ちっぱなしで動きっぱなし。
もちろん、一人。
その疲れが半端なかったのか、昨日はとうとう、目が覚めても動けなくて、諦めて爆睡することにしたんですが、まさか18時間も寝ることになるとは思ってもおりませんで…^^;

20代以来でしょうね〜

そういうわけで、アップするのが遅くなってしまいましたが、日曜に書いたものです。

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屈原という、中国の詩人をご存知でしょうか。

戦国時代ということなので、二千数百年前の人。
楚の国の有能な政治家でもありました。

司馬遷の『史記』に、「博聞強記で、治乱の事蹟に通じ、文辞に習熟していた」とあります。

それはそれとして、戦国時代ですからね…
乱世です。食うか食われるかという緊張の続く世相で、それぞれの国がそれぞれの国の安泰のために、知略を働かせて生き延びようとしていた時代。
所謂、「合従連衡」はことの事蹟からできた言葉ではなかったかな?

楚の国の君主は懐王。
忠臣・屈原はある国との親交を進言したものの、懐王は別の国と接近。
そればかりではなくて、懐王は、阿諛諂佞の側近の讒言に乗せられてしまい、屈原を追放。

誠心愛国の士・屈原が、その思いを綴ったのが『離騒』という圧巻の詩です。

今回は、その中の一節から。

 

What my heart tells me is right ---
though I die nine deaths for it,
I will have no regret !

余が心の善しとする所、
九たび死すといえども、
猶、未だ悔いず。

 

こんな一節もあります。

心を屈して 志をおさえ 追放の咎めを忍んで 恥に耐えよう
清廉潔白を守り 正義に殉ずることこそ
古の聖人の深く教えたもうところなり

屈原は、その後、入水自殺を遂げます。

ちなみに、楚の国は、屈原の進言を容れなかったがために、結局のところ滅亡しています。

いつの時代も、おべっか使いを周りにチラつかせて、得意になる人間は、結句、滅んでいくってことですね。

 

 

 

 

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2019年10月15日 (火)

ウィークリーカリグラフィー復活 38

8月に一回、9月に一回の「週一」やなくて、まさに「月一」カリになっていた”ウィークリーカリグラフィー”ですが、やっと復旧まで漕ぎ着けることができました。

ほぼほぼ8月の熱中症のせいなのですが、無くなる事のない目眩はともかく、書く充てになる文章を探す気力というものが、ほんとに湧いてこなくて…
「頭がしんどい…」ってわかります?
まさに、そういう日々でした。

やっと9月末くらいからまともになってきて、10月に入って通常に近づいてきた次第。

「あんたの症状は、病院行かんかったら全治3ヵ月」と医療関係の知己が云うてましたが、その通りです…^^;

 

ともかく、復活です。

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今回は、李白の詩から。
これは結構有名。

Heaven and earth are an inn for the thousand things of creation ; time is the traveler of a hundred ages.

「夫れ天地は万物の逆旅にして 光陰は百代の過客なり」

そもそも天地というものは、すべてのものを送り迎える旅籠屋のようなものであり、月日というものは、永遠に旅を続ける旅人のようなものである。」

これは、昨日書いたもの。
で、今日、会社でとある本を読んでいると…

この李白の詩、湯川秀樹博士が”素領域”というものを生み出す重要な役割を担ったという事だそうです。
つまり、ヒントになったという事。
アインシュタインが言及する事のなかった、極微の世界の素粒子と時間・空間の関わり合いを解明する手立てになったのが、この李白の詩という事なんだそうです。

なんか、ゾクッとしました^^;

この詩を選んだのは、ほとんど8割がた無作為。
たまたま読んでいる本も、会社の書庫(工藤が管理しとんですけどね…笑)から無作為に出してきたもの。

これって、偶然というようなものではないですよね。

科学者の英知と、詩人の洞察がほぼ一致した世界を、たまたま(?)自分がカリの世界で表現してた。

この「事実」に、ちょっとドギマギしてます。

 

それはそれとして…

この李白の詩を書いたのは、一昨日。
その一昨日は、工藤にとっては転機となった出来事がからちょうど1周年になる日でした。
その意味もあって、昨日からの復活を目指してたんですけどね。

そういう意味あいでは、三重に重なったってことかな?

そして、今日は満月でした。

じゃ、四重や☆笑☆

 

ともかく、昨日から復活…というより復旧相成りました。

少しずつてくてくボチボチとやっていきます。

その「スタート」がこの一作。

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