ことばのちから

2021年7月14日 (水)

Maya Anjelou(追記あり)

アメブロってフォロー&フォロワーがあって、フォローさせていただいているブログの新規投稿があれば、そのメール通知が届きます。
そのたびに、可能な限りチェックをさせていただいているので、フォローブログは、ほぼほぼ読ませていただいてます。

時に元気をいただいたり、背中を押していただいたり、たまに「蹴り」を入れられたり(⌒-⌒; )
でもね、その度に、感謝しているんです。

そんな昨日は、朝一番に通知が届いたとある記事を読ませていただき、午前中から「やる気」が湧いてきてました^^

20210713

どれくらい振りなんですかね???^^;
ほんと、久しぶりのカリ投稿です。

カリグラフィーは、毎日ちまちまと練習だけは欠かさずやってはいますが、どうにも、書いたものを投稿する気持ちになれず、ずるずるきたここ数ヶ月。

それが、今朝のとあるブログの記事一つで「何しかやると」の気分の盛り上がりがあり、そこに「え〜加減、書けよ!」との天の声まで聞こえてしまい(幻聴やね…笑)、とにかく、寝るまでになんとかして何か書くぞ!と決めた次第。

久しぶりの第一稿ということになります。
何を書こうかと迷いつつ…

書いたのは Maya Anjelou というアメリカの黒人女性詩人の言葉。

History, despite its wrenching pain, cannot be unlived,
but if faced with courage doesn't need to be lived again.

悲惨な過去の歴史は取り戻せない。
でも、勇気を持って立ち向かえば、再び繰り返すことはない。

Maya Anjerou といえば、クリントン大統領の就任式の際、自身の詩の朗読をしたことで有名ですが、何より、M・L・King師との出会いから、公民権運動の活動へ邁進し、大きな貢献をしたことでも名を残しています。
尊敬する黒人女性詩人の一人でもあります。

人種差別の大なる国アメリカは、それでいて尚、人種差別を克服しようとする大きな意思を持つ大なる国でもあります。

今日たまたま読んだ本の中に、同じくアメリカの臨床医師ラリー・ドッシー博士の次の言葉が引用されてました。

「もし非局在的な心が実在だとするならば、世界は孤独と分離ではなく、相互作用と繋がりの場になる。そしてもし人類が非局在的な心を実感することができれば、新しい価値基準が生まれる。人間や国家を長年支配し続けた狂気から、あっけなく抜け出すことが可能かもしれない」

「何百年にもわたって受け入れられてきた人間に対する概念そのものを変えなければ、この地球に未来があるかどうかは疑わしい。もし明日があるとすれば、地球と地上にある一切のものに対する聖なる敬意が、再び生まれなければならないからだ」

そのまま、昨日書いた、このMaya Anjelou の言葉と相通じるな…と思いました。

そしてそれは、自分の足元から可能なのだなって。

 

と。。。(追記です)

先ほど、fb友人の方から連絡をいただき、「スペルミスしとうで〜 それに、テキスト違うんちゃう?」とのご指摘をいただきました。
すぐに検索をかけて調べてみると…確かに違ってました。

dispite → despite です。^^; やらかしている…

そして、doesn't need to be lived again → need not be lived again 

こちらの方のは、工藤が参照したテキストにはそう書かれてあったのです。
でも、これも検索してチェックしてみたら、ご指摘の通りでした。

教えていただいて、よかったです。
感謝してます、Nikki。ありがとう。

 

12日の夕方は、久方ぶりにキレイな夕焼けを見ることができたんです。
梅雨の間(一応、まだ明けてませんけどね)ずっと目にすることのできなかった夕焼けです。

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相変わらずの、自分の部屋のベランダから見る西の空。
なんか、ほっとします。

ところで…今日はたまたま現場にちょっと出たんですが、1時過ぎから「ごっつい」雷雨に。
おまけに、雨に混じって雹まで降ってきてて…
まさに「天変地夭」です。

地球温暖化のこともあり、こういう現象はこれから増えることはあっても減ることはないのは確実。
どうか、少しでも災害が怒らないことを祈るのみです。

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2021年5月26日 (水)

バタバタしてます

毎日、バッタバタしてます。

今日から3連休の予定やったんですが、どうしても今日中にやっておかないとあかんことがあったので出社。
ほんとは昨日のうちにやっておくべきことやったんですが、現場に出てしまったのでね。
で、朝から出社して、終わったらすぐに帰る(といっても、2時間くらいはかかることで…)つもりでいたんですが、「もう、出勤にしとき」との声をいただき、急遽、仕事とあいなりました。

現場に出た昨日は、結構いいお天気。
往きの近畿道を走行中に写メ…

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一回でいいので、これの真下あたりに行ってみたいです。
乗る気はありませんけどね。
聞くところによると、どの程度か知りませんが、この観覧車、足元がシースルーだそうで。
そういうことなら、よっぽどの条件が揃わない限り、余計に乗れませんし、乗りません…^^;

高いとこダメなんす。

でも、高いものは好きなので、こうやって写メるんですけどね。

モノレールも、足元が見えないので遠慮している次第です。

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この日の空はこんな感じ。
雲と青空のコントラストがキレイでした。

今年の梅雨は、今のところですが、メリハリがはっきりしているような。
明日はかなり降るとかです。
天気予報に要注意です。

梅雨といえば思い出すのが、さださんの『つゆのあとさき』っていう歌。
名曲の一つかな。

アルバム「風見鶏」に収録されてたと記憶してます。

”梅雨のあとさきの トパーズ色の風は
遠ざかる君のあとを 駆け抜ける”

↑ ここのとこが好きやったんです♪^^

 

雨は好きではないですが、梅雨になると日本の四季に手を合わせたくなるくらいに、紫陽花とクチナシに目も気持ちも癒されます。

今日は、通勤路で紫陽花を写メってきました。

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紫陽花…七変化とか云われてますが、何よりその花言葉、酷です…(⌒-⌒; )
ある程度は想像できると思いますが…

移り気、冷淡、冷酷、無情、高慢…
ちょっとプラス気があるのは、「辛抱強さ」くらいです。

でもね…
思うんですよ。
この「花言葉」って、紫陽花さんたちに、申し訳ないんとちゃう?って。

紫陽花さんたちにしてみたら、こんな花言葉をつけてきた人間の方が、よっぽど、移り気で冷淡で冷酷、無常にして高慢ちきなんと違うやろか。
自分も、そんな人たち、いっぱい知ってます。
とか云いながら、自分もそんな時期がありました…心から反省しております。
(「冷蔵庫」と呼ばれておりました…m(_ _)m )

ちょっと前に書いたことと重複しますが、やっぱり人は「人に優しく」なんですよ。

そう思うし思えるし、そうありたいっす。

 

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2021年5月18日 (火)

苦悩を突き抜けて歓喜に至れ

3日前なので、15日?にアメブロにアップして、その次の日にこちらへ…と思ってたんですが、所用重なって先延ばしになってしまいました。
ブログが2段構えなので、いつも、どうしようかな〜って考えたりもするんですが、集約して一つにするわけにもいかず^^; 当面はこのままで行こうかと…(以前にも書いたような記憶が)

なんにしても、こちらがメインです。笑

「生きていればいろんなことがあるよね」っていうのは、いつの頃からかの自分の口癖みたいになってます。

ほんとにいろいろある。
時には大笑いすることもあれば、反対に大泣きすることもあるし。
飛び跳ねるような嬉しい思いになることもあれば、悔しさに歯噛みすることもある。

それに…
これが無い時なんて先ず無いんですが、特にここ数年(3年くらいかな)、「人間て、ここまでひどいことができるんや」ってことが、直接間接を問わず、やたらと多かったな〜って思いに浸っていたのが13日の木曜日。

そういう流れで、気持ち的にちょっと鬱々としてきたので、「ここは散歩やな」と、いつもの住道駅前の公園まで行ってきました。

例年よりかなり早い梅雨入りになりましたが、この日はなかなかのいいお天気。

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新緑の季節なので、花が少なかったです。
それでも、植込みには…

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かわいい花が可憐に咲いてて、思わず目元が緩みます^^

ふと、空を見上げると…

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「わお!!!」でした。

こんな光景、そうそう見れないんではない?(そうでもない?笑)

この瞬間に、ベートーヴェンのあの名句が浮かびました。

「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」

この言葉、実は凝縮されたもので、ほんとはこちら…

「無限の霊魂をもちながら永遠の存在であるわれわれは、ひたすら悩みのために、そしてまた歓喜のために生まれてきているのです。
また、優れた人々は苦悩を突き抜けて歓喜を勝ち得るのだ、と言っても過言では無いでしょう」(「新編『ベートーヴェンの手紙』下」小松雄一郎編訳、岩波文庫)

(以下、アメブロでは端折ったこと)

鬱々してた気持ちも、この空を見上げて、一気に消えてしまいました。
散歩って大切です。笑

それと、「悩む」ってことも、だから大切なんでしょうね。

いろんなことがあっても、x軸「0」を起点にひっくり返せばいい。
ひっくり返すのに、結構なエネルギーが必要ではありますが、ひっくり返してしまうと、絶対値で倍の跳躍ができる。

と、とある先輩から教えてもらったことがあります。
「ただし、そのためには《生命力》が必要やで」とも。

その時、「苦悩」が、まさに「歓喜」になる。
そう考えたら、あれこれひどいことをされたとしても、その当事者を憎むことも妬むこともないよ、と。

自分も、いつの頃からか、そういう風になってきたかな。

なんにしても、人間て、人にしたことは、全部、自分に返ってきますから。
そして、人間て、生きてきたようにしか死んでいけない。

これは、特に仕事を通してよく理解出来ます。

だからこそ「人には優しく」ですよね。
でないと損するわ。

当面、お天気の良くない日が続きそうですが、ここは、気持ちだけでもスカッといときましょね^^

 

 

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2021年4月19日 (月)

カフェ「青い屋根」へ

昨日の記事の続きになります。

カリグラフィー伊丹教室のあと、こちらは去年の8月以来になりますが、新伊丹にある「カフェ 青い屋根」へ行ってきました。
オーナーのてらけんさんとは、もう10年くらいのお付き合いになります。

元々は、芥川賞作家・宮本輝先生の大ファンという繋がりからTwitterで拾っていただき、今に至る…です。

「テルニスト」という、その宮本輝先生の超絶大ファンのグループがあるんですが、その端っこに入れていただいたのが始まり。
年に2回か3回ほどしか寄せていただくことはできませんが、てらけんさんは人生の大先輩でもあるし、ある意味「お兄ちゃん」のような存在。

併せて、この場所が、なんていうのか、工藤にとっては、心身ともにものすごく寛げる不思議な雰囲気のある空間なんですよね。

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自分にとっての「テルニスト」はここから始まってます。

何人ものメンバーの方々と、この「青い屋根」でのオフ会で直接お会いさせていただいたり、輝先生(と呼ばせていただいてます^^)の講演会等のイベントでご一緒させていただいたりも。

いわば、てらけんさんのお陰で出会うことのできた方々です。

そういう佳き人間関係を創る大きなきっかけを作ってくださったてらけんさんには、ほんとに感謝してます。

中国の諺に、「飲水思源」「喝水不忘掘井人」というのがあります。
水を飲む時、井戸を掘った人のことを忘れてはいけないよ…ということですが、まさにそれ。

そういえば、テルニストの起源は、ある方(みんな「てつやあさん」と呼んでます^^)が一人で始めた宮本輝先生のファンページ。
てつやあさんが居てくれはったから、今の「テルニスト」があるわけですし、てつやあさんにも感謝です。
東京で、一度だけお会いさせていただいたことがあります^^
やっぱり、めっちゃイイ人でした♪

てらけんさんの人生の来し方っていうのはほんとに波乱万丈で、寄せていただく度に話をしてくださり、笑いいっぱいで帰ることができます。
この日は、1時間半ほどしか滞在できませんでしたが、気持ちもふくよかになって帰途につけました。

そうそう^^
プレゼントをいただきました。

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てらけんさんお手製のレザークラフトのブタさん^^
めちゃくちゃかわいいです♪
今月はちょうど誕生日のある月なので、誕プレですね〜ってことになりました。
ありがとうございます。

前に、フクロウさんもいただいてて、玄関に飾らせていただてます。

このブタさん。
気持ちがトゲトゲした時に、話し相手になってもらいますね^^

また、寄せていただきます。

 

さて、新伊丹駅といえば、薔薇がいっぱいのロータリーがあります。
お天気がよくなかったので、全体は写メってませんが、少しですが薔薇が咲いてましたので、撮ってきました。

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いい香りでしたよ。
来月には満開になるんでしょうね。
楽しみです。

 

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2021年4月 6日 (火)

桜見納めとスプリングカラー

昨日、アメブロにアップしたのと同じ題名にしたんですが、やっぱり…ダサダサですよね、これ…
他に云い方ないんやろかと思いつつも、特に浮かばないので、このままいきます。(⌒-⌒; )
本読む割に、ボキャブラリーが少ない工藤です。

一昨日はよく降りました。
今日は、朝からお天気で気持ちよかったんですが、昼過ぎから曇りだして、退社タイムは雨降り再び。
おまけに、この2日間は寒くて…
寒暖差が大きいですので、コロナ禍の中、風邪ひかれませんように…です。

桜もこの雨で、ほぼほぼおしまいの感じですね。
うちの近所周り、特に通勤路と通常の徒歩域は桜がほとんど植えられてません。

今年観ることのできた1番の桜は、こないだの四ツ橋・心斎橋エリアの公園の桜。
それはそれできれいでよかったんです。
でも、やっぱりなんか寂しい…^^;

ふと思い出したのが、ご近所さんの比枝神社。
神社と云えば桜。
もう残ってないかもと思いつつ、散歩兼ねて行ってみました。

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なんとか残ってくれてました^^

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もう少し早く思い出してたらな〜
来年は満開の頃に必ず。

ちょっと和んだ気持ちでもって、このあと所用で住道まで。
行った先の近くに大東公園ていう公園があったので、寄ってみました。

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公園と云えば桜です^^
かなり散ってしまってましたが、頑張って咲いてくれてましたよ。

今年の桜は、これで見納め。
来年も、楽しみにしてます。

 

この時期、歩く道々でも、かわいい花たちがいろんな場面で咲いてますよね。
気持ちに余裕がない日が多かったりするので、どれもこれもに目を向けることはできてませんが、ちょくちょくと写メってます^^

まさに、スプリングカラーかな♪

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↑ ↓ 一重のヤマブキ

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↓ こちらは八重のヤマブキ

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↑ ↓ 今年も咲き始めた通勤路の姫林檎の花
去年の台風で大きな枝が折れてしまい、危ないからってことで、可哀想に、かなり切られてしまいました。
それでも負けじとかわいい花がいっぱいです^^

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↓ の3枚は勤務先の植込みに、パートのおばちゃんが植えてくれはったものです。
まさに、スプリングカラーです。

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最後はジューンベリー(だと思います)
6月になると実がなるんですよね。
小さな白い花がいっぱい。

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桜の次は、ハナミズキですね。
工藤が大好きな花の一つです。
こちらも、近所周りではほとんどありませんが、どこかで見つけたら写メっておこうと思います。

歩いて動けるわけでもなく、もちろん、どこかへ飛んで行くこともままならないにもかかわらず、じっとその場で精一杯咲いている花たちには、癒しだけでなくて、元気ももらえます。

とある先輩が教えてくれた文章が思い出されます。

私は、いつも思う。
「人は花に学ばなければ」と。
花はいつも一生懸命だからだ。
投げやりに咲いている花はない。
いやいや生きている花はない。
途中で、へこたれる花はい。
笑うことを忘れた花はない。
過去にとらわれたり、人のあらを探したりしている花はない。

「どんな時も楽しめる。苦しいことでも楽しめる」その強さを得るまでは、人も死んではいけないのだ。

さ、明日も頑張ろう^^

 

 

 

 

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2021年1月13日 (水)

ネルソン・マンデラ氏名言…人生で最も賞賛すべきは…

獄中一万日を耐え抜いたネルソン・マンデラ氏。

分厚〜いマンデラ氏の本を2冊読んだことがあります。
分厚いものの、一気に読んだことが懐かしい。

その2冊の英語原書も買いました。
そうです。買ったんです。
手元にあるので、きっとそのうちに読みます…多分、読みます…読むんちゃうかな…ま、いいやん(^◇^;)

そのネルソン・マンデラ氏の名言のひとつ。

20210113

The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.

人生で最も賞賛すべきは、転落しないことではない。
転落しても、何度でも立ち上がることである。

 

何年ほど前だったか忘れてしまってますが…

ある方に、こんなことを云われたたことがあります。

「工藤くんは、叩いても叩いても起き上がってくるよね〜」

心底嬉しかったですね。
これ以上の褒め言葉はないと思いました。
これ、自分の中では「たからもの」のようなものになってて、今も大切にしてます。

人間が器用ではないし、だからまた、生きるのも器用ではありません。
周りからはそうは見られませんが…^^;

手先は器用ですけどね。あ、ちゃう、小手先や(^^;;

が、そんな奴なので、今もしょっちゅう転けてます。
でも、七転び八起きではないですが、その度に起き上がって、また前へ歩いていけるのは、この「たからの言葉」があるからってのは必定。

なので、その方には、今も感謝しかないですね。

これからも、確実にコケまくるのは見えてますが、それでもその度に起き上がってやるつもりです。

 

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2020年12月20日 (日)

今年もあと少し…

また、すっかり「間」が空いてしまいました。
申し訳ありません…m(_ _)m

FacebookでもInstagramでも、ずっと記事アップをしてないもので、

「工藤さん、大丈夫ですか?」

との、優しいお言葉・メッセージを、ちょくちょく頂くことが増えてきました。^^;

もうそろそろいい加減に、表へ出ていかないとアカンな〜と思ってたところです。

新型コロナのこともあるので、工藤の仕事内容を考えて、心配をしてくださる方も多いみたいです。

お声がけをしてくださった友人の皆さま、ほんとに、ありがとうございます。

アメブロの方では、書かなかったんですが、実は…10月の末から気管支炎にやられてしまいまして、やっと昨日辺りから完治の目処がついてきたような…と云うのが実情。
といっても、仕事は休まずに行ってますし、熱があるわけでも無いですし、気管が痛かったのと咳が止まらないことがあったこと以外は、特段何もなく大丈夫。

でも、この世相の中、流石に咳はね…
今はほとんど現場へ出ることがないものの、たまに出ていかないと行けないこともあり、そこで出そうになる咳を我慢するのが大変でした。(⌒-⌒; )
病院にも行けなかったです。

ご存知の方もいてはりますが、工藤の気管支炎て、コーヒーの飲み過ぎが原因になるという摩訶不思議なやつです。笑

(長くなるので、詳細は端折りますが)

ひどい時は、気管支喘息にまでなってしまうんですが、今回は気管が痛いだけのところで止まってくれたのが幸い。
これ、1年半くらいに1回はなるような持病みたいなものなんですが、今回はどういうわけか、軽い気管支炎で止まってくれました。
ただ、長かった…^^; ほんま、ひと月半超えは長すぎです。

それと併せて、とにかく仕事がハードで。
休みの日も会社へ顔出しをして、ちょっと2時間ほど作業をするのが通例みたいになってます。
今月も、休みの半分以上は出社してますね。

4月から考えると、量的な部分だけでも倍にはなってます。
でも、その分、処理能力はアップしました。(自慢だー 笑)

それと…
「何かあったんですか?」とのメッセージもいただいたりしますが、↑ の件以外、特に何も無いです。^^

なんし、毎日クッタクタなので、キー打ちする気分にもなれず、PCの画面は見てますが、「作業」をするメンタルにはなれませんでした。

でも、昨日から一応「復活」…かな^^

 

そんな日々を過ごしているうちに、今年も残り僅かとなりました。

振り返って、2020年も、ほんとに素敵な出会いに恵まれた一年だったと思えます。
コロナのことがあって、実質的に表へ出て行くことは減りました。
が、「リアル」と併せて「ネットの世界」も含めてってことになりますが、「人」だけではなくて、大好きな「切り絵」のいろんな作家さんたちの作品やら、「文字・カリグラフィー」の世界、「ハンドメイド」から「アート作品」まで、あれこれと接する機会を持てたのは幸甚でした。

以前から知己であった方々が、前にも増して、このコロナ禍の中を頑張ってはったり、いろんな事情で中断していたことを新たな気持ちで再起動させている姿を見せてもらったり。

そういうことも、「新しい出会い」と思ってます。

誰かと接することで、それが「元」になって、自身が元気になれたら、それって嬉しいことやないですか。

アートって、人を分断する物ではなくて、人を繋ぐもの・調和を醸し出していく力を持っているものと思うんです。
だからこそ、人それぞれの基準とか嗜好はあるものの、「いいと思えるものはいい」って真っ直ぐに云えることもまた幸せなことだと。
そこに手枷や足枷がはめられてしまう世界って、自分は好きになれません。

そうそう。
本を読んでても、例年以上にその時その時の自分にうまくフィットする文章に出会えたりもしました。

随分前に読んだ本の中に、「結局、人生は、出会いに尽きるものかもしれない」っていう一文があって、強く心に残ってます。
宮城教育大学の初代学長をされた林竹二先生の言葉です。
林先生は、工藤が一番尊敬する教育者で、灰谷健次郎さんとの対談集もあります。
その通りだと思うんです。
人間だけではなくて、どんなものとの「出会い」も全部、きっと大切なんですよ。

去年の春先に、ある方と懇談をしてた中で、話の流れで相手の方がこんなことを云われました。

「私の知らない人たちが、私のことをどれだけあれこれ云おうと、私は一切気にしません」

この方との出会いも、今、新しい展開を紡いでくれました。
先日もちょっと話をさせていただいてたんですが、総じて「潔い」。
性別を超えて、「潔い」人は、やっぱり大好きです。

あと10日ほどで2021年。

次なる一年も、佳き出会いに恵まれたいですね^^

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2020年11月14日 (土)

エミリー・ブロンテ

先月、東京・代官山のギャラリー ARTSRUSH に出展させていただいた作品3点のうちの一つに、イギリスのエミリー・ブロンテの詩の一節をカリグラフィーで書いたものと切り絵チョウチョの掛け合わせをしたものがあります。

エミリー・ブロンテの詩は、とても好きで…
といっても、手持ちにあったのは、岩波文庫の『イギリス名詩選』ていう1冊のみで、その中にエミリーの詩は2作しか掲載されていません。

でも、まあ…
その2作ともに好きで、うち一つの「私の魂は怯懦ではない」ってのが、上記作品にカリしたもので、多分…30年くらい前からずっと好きな詩の一つになっています。

 No coward soul is mine,
 No trembler in the world's storm-troubled sphere :
 I see Heaven's glories shine,
 And Faith shines equal, arming me from Fear.

 私の魂は怯懦ではない、
 この世に吹きすさぶ嵐に戦くような、そんな魂ではない。
 私には、天の栄光の輝きと、それに劣らぬ人の信仰の輝きが、
 はっきり見えている——私にはなんの不安もない。

 〜〜〜

 Though earth and moon were gone,
 And suns and universes ceased to be,
 And thou were left alone,
 Every Existence would exist in thee.

 There is not room for Death,
 Nor atom that his might could render void :
 Since thou art Being and Breath,
 And what thou art may never be destroyed.

 地と人とは過ぎ去るかもしれない、
 日月星辰も宇宙も姿を消すかもしれない、
 だが、汝さえ後に残るならば、
 すべての存在は汝により存在し続けるはずだ。

 そこには死を容れる余地はない、
 死の力が破壊しうるものはひとかけらもない、
 おお、わが衷なる神よ、汝はまさに「在るもの」、まさに「命」、
 汝の本質が永久に亡びざらんことを!

姉のシャーロットは、内容的に「辞世」めいたものが感じられないでもないこの詩は、エミリーの最後の詩と云ってたそうですが、そうでもなかったみたいですよ。

自分にとって7連からなるこの詩の最初の2行は、何かあるごとに思い出されて、そこから前に進むための背中への一押しになってきたことは事実。
そういう意味では「恩」のある一節ですね。

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       +

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      ||

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ARTSRUSHに出展させていただいたこの作品は、カリグラフィーの同志でもある縁文師 雅子さんのところへ舞い飛んでいったんですが、雅子さん、Facebook・Instagramにてアップしてくださってました。

ご本人の許可を得て、こちらにも。

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気恥ずかしい限りですが、かれこれ20年以上の長きにわたっての交流を結ばせていただいている方なので、そこへ舞い降りていったっていう不思議な安心感もあります。

自分からしたら彼女は、尊敬に値する「日々、努力の人」でもあります。

水木しげるさんの言葉に…
「自分の中にある
 自分を進ませまいとするものに
 一分でも一秒でも
 心を許してはならぬ」
っていうのがありますが、まさにそれを地でいく人。

そんなカリグラフィーの同志に感謝ですね。

 

(長くなってますが…笑…)

ところで、『エミリー・ブロンテ全詩集』っていう一冊があります。
20年以上も前から、買おうか買うまいかと優柔不断に迷ってたんですが、先日、アマゾンの中古本のところでポチっとしてゲット。
やっとです(^^;;

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廃版なので、お値段は定価の「倍」以上になってましたが、初版でしかも保存が良かったのか新刊レベルの状態。
半分ほどはポイントがあったので(だから購入したようなもの?^^;)元値にちょっとプラスして買えたようなものでした。

エミリー・ブロンテといえば『嵐が丘』で有名ですよね。
ブロンテ3姉妹(実際には5女1男)は3人とも文学的に才能があって…
・シャーロットは『ジェーン・エア』
・エミリーは『嵐が丘』
・アンは『アグネス・グレイ』
で、後世に名前を残してます。

が…父のパトリックだけが長命で、母親も子供たちも、病苦と苦悩の中に10代〜30代で夭逝している。
それだけに、文学の才光る3姉妹の作品たちが後世に読み継がれて、今でもイギリス文学に影響を与えているのは、一つの大きな救いなのかもしれないですね。

『嵐が丘』は何度も映画にもなってますが、この詩集の後にでも、また読んでみたいと思います。

 

 

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2020年11月 3日 (火)

『箱庭展』御礼

多忙に紛れ、御礼が遅くなりましたことをお詫び申しあげます。

10月の14日(水)から26日(月)までの約2週間、東京・代官山のギャラリーARTSRUSHにて開催されました『箱庭展』。(現在、『ポイズン展』が開催中です)

この素敵な企画展への作品出展のお話をくださったオーナーのマヤさんに、あらためて感謝を申し上げます。

そして、今年のこの「コロナ禍」の状況下にもかかわらず、足を運んでくださった全ての皆様、本当にありがとうございました。

Artsrush-01

お話をいただいたのが、3ヶ月ほど前の7月末。

以来、作品を発送させていただくまでの2ヶ月間は、公私に亘り想定外に忙しく、作品作成に取りかかったのは、発送の2週間ほど前というギリギリでした。

それでも、一舞目のチョウチョを切り始めるまでの期間に、仕事をしながら、あれこれしながら、常に作品構成のブレインストーミングをしていたこともあり、短期間での一極集中で作品制作に向き合うことが出来ました。

それが幸いしてか、技量の稚拙さは別として、自身としては思っていたよりは納得できるものに仕上がったと思っています。

以前から、カリグラフィーと切り絵の掛け合わせをしてみたいという思いは持っていたものの、ついつい日常に埋もれてしまって、カリグラフィーは講師をしているからまだしも、自分の切り絵の世界には、なかなか大きく踏み込んでいくことができませんでした。

そんな中でのオーナーのマヤさんからの「作品は切り絵とカリグラフィーのコラボで」とのお話には、大きな追い風を送っていただいたと思っております。

重ねて、感謝しかありません。

Artsrush-02

工藤の友人の方々も、わざわざ出向いてくださっており、20年来のカリグラフィーの同志が、作品の一つを購入してくださったことも、大きな励みになりました。

ありがとうございました。

複数の作品を出展させていただいたのは、かなり久しぶりになります。
それも、これまでの全ての方々との出会いのご縁があったればこそと思っています。

ゲーテの言葉に…
「恩知らずは、何をやっても成功しない」
という名言がありますが、この言葉の重みを、今回あらためて自身の内へ刻み込んでいる次第です。

今回の貴重な経験を機縁として、ほんとに遅々としたペースではありますが、また一つ、階段を上っていくべく、精進していく所存です。

これまで以上に、叱咤激励・ご指導をいただければ幸甚です。

 

工藤 祐輔



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2020年10月31日 (土)

墨文字の世界

あの阪神淡路大震災のあと、神戸から大阪へ移住。
生活環境もなんとか落ち着いてきた頃から今に至るまで、ずっと通い続けている散髪屋さんがあります。

当時、よちよち歩きだったお子さんたちも、もうすっかり成人。
一女一男の息子さんの方は、お父さんの後を継ぐべく、父子で仲良くお店を切り盛りされています。

6月か7月か、ちょっと忘れてしまったんですが、その息子さんと話をしていて、談たまたま「カリグラフィー」と「切り絵」の話題になったんですが、その時、息子さんが、実は書道を習っているということが判明。

師事されている「竹内緑泉先生」は、四條畷在住の書家の方で、作品集も出されているということ。

手持ちの1冊を見せていただきました。

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子供の頃に、やっておいたらよかったと、つくづく後悔しているのが「書道」…
ま、うちは貧乏でしたので、そんな余裕はなかったんですが、どういうわけか、「文字」を書くのは大好きなので、学校の授業でも、数少ない「書道」の時間は楽しみでしたね。

それが高じて、今はカリグラフィー をしているということなのかもしれません。
(ちなみに、カリグラフィーも、日本語訳は「書道」です)
それでも、「筆文字」の世界は、自分でやるには敷居の高い世界になってしまってます。

そういうこともあってか、機会があれば「書画展」へたまにフラッと顔を出すことがあります。
漢詩・漢文も好きってことも影響しているのかもしれません。
と云っても、その方面に素養があるとかってことではなく、ほんとにシンプルに「好き」ってだけなんですが。

文字のある風景は、それだけで気持ちが和むことが多いですし、「墨文字」の世界は、その場にいると気持ちが落ち着いてきます。
「書作品」集も同じで、見せていただいた竹内緑泉先生の「書作展」集も、目に入る作品たちがス〜っと心に入ってきます。

あれこれ感心していると、息子さんから、その1冊をいただいてしまうことになりました。
ありがとうございます♪

家でも、時たまページをめくりながら、竹内緑泉先生が書かれた作品を眺め入っております。

特にお気に入りの作品をいくつか、こちらにアップさせていただきますね。

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盛唐の詩人・李白の「送友人」

青山(せいざん)は北郭に横たわり
白水(はくすい)は東城を遶(めぐ)る
此地(このち)一たび別れを為さば
孤蓬(こほう)万里の征(せい)
浮雲(ふうん)游子の意
落日故人の情
手を揮(ふ)り茲(ここ)より去らば
蕭蕭として班馬鳴く

緑の山が町の北側に聳え
白い河が町の東側をめぐって流れている
この地で一度お別れをしてしまったら
旅立つあなたは蓬の種が風に飛ばされるように
    遠くへ行ってしまう
空に浮かぶはぐれ雲は 旅人の心を表しているようだ
沈もうとする夕日は 私の感情を表しているようだ
手を振ってここからあなたが去ろうとしている今
まだら馬までもが寂しそうに鳴いている

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明代初期の詩人・高青邱の「送呂卿」

遠汀(えんてい)斜日(しゃじつ)思い悠々
花は離觴(りしょう)を払い 柳は舟を払う
江北 江南 芳草(ほうそう)遍(あまね)

君を送って 併(あわ)せ得たり 春を送るの憂い

遠い渚に夕陽が斜めに差し 悠然とした思いが込み上げる
花は別れの杯を払って散り 柳は舟を撫でかすめる
江北でも江南でも そこらじゅうに草が茫々と茂っている
君を送ることで 春の憂をも拭い去ることができた

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盛唐の詩人・王維の「雑詩」から

君は故郷より来る
応に故郷の事を知るべし
来たる日綺窗(きさう)の前
寒梅花を著けしや未だしや
已(すで)に寒梅の發(ひら)くを見
復(ま)た啼鳥(ていちょう)の声を聞く
愁心春草を視て
玉階(ぎょくかい)に向かって生ぜんことを畏(おそ)る

あなたは(私の)故郷からいらっしゃったので
きっと故郷の事をご存知でしょう
あなたが旅に出られた日に あの人の窓辺に
寒梅はもう 花をつけていたでしょうか
寒梅が昨今咲いたと思ったら
鳥の囀りも聞こえてきました
あなたに逢えぬまま心は愁うばかりで 萌え出た春の草をみて
やがて逢えぬまま階(きざはし)まで生い茂るかと心配なのです

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ラストは、北原白秋の短歌

 君かへす
   朝の舗石
     さくさくと
  雲よ 林檎の
    香のごとくふれ

君を帰そうと見送っていると、朝の敷石の上に雪が落ちてくる。
雪よ、林檎の香りのように降っておくれ。

ロマンチックですね。
駄句を一つ…

 白秋の
   恋の文目(あやめ)に
    笑み寄せて
  からたちまでも
     匂いぬるかな

 

この竹内緑泉先生とその門下生の方々が、12月半ばに作品展をされるということです。
場所は天王寺。
タイミングを見て、行かせていただこうと思ってます。

 

さて…
今月の読書は4冊で終了。
忙しい限りで、想定通りになってしまいました。
こういうのは、想定に反してほしいですね(^◇^;)
が、来月は、久しぶりに多めに読めそうです。
読書の秋でもあります。
とりま、目指すは7冊かな。

10月もありがとうございました。
来月もよろしくお願いいたします^^

   

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