ことばのちから

2019年7月 3日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 32

アップするのが、だんだんズレてきてますが…^^;
ちゃんと週一で書いてはいるんです。

ということで、今回は、マーク・トゥエインの言葉から。

20190702

自分を元気づける一番良い方法は、誰か他の人を元気づけてあげることだ。

シンプルでフラットで、それでいていい言葉ですね。
マーク・トゥエインといえば、『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』ですね^^
それと、『王子と乞食』等々。

知らなかったんですが、世界中で講演活動もしてたとか。
もう一つ知らなくてびっくりが…
『あしながおじさん』のジーン・ウェブスターは、マーク・トゥエインの姪の娘さんだそうです。

エッセイもいっぱい書いてはるんですね。読んだことないです。
機会があれば、読んでみたいです。^^

 

先日、とある方とメッセのやり取りをしました。
とにかく、反応が早い。的確。要略綱をわきまえてはる。
だから、仕事ができるし、人もついてくるんやなって、ひたすら感心してました。

今月お会いします^^

最近は、少し早めに寝るように気をつけてるんですが、早く寝たからといって、その分、早く目が覚めるってことではないのが悔しいです。笑
途中で何度も起きてしまってますが。

とりま、今日もお疲れ様でした。

| | コメント (0)

2019年6月28日 (金)

ウィークリーカリグラフィー 31

アップするのを忘れておりました…(^_^;)

20190625

ミルトンの『失楽園』の中の一節です。

The mind is its own place, and in itself
Can make a heav'n of hell, a hell of heav'n.

心というものは、それ自身一つの世界なのだ、
ーー地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ。

何重にも意味のある言葉ですね。
『失楽園』は読んだことはあるんですが、かなり昔のことなので、この一文のことは覚えてません。
(そういう意味でも、また読んでみようと思ってます)

東洋の叡智に、「一念三千」というのがあります。
天台の教理で、一瞬の一念(=生命状態)に、三千の世界が広がっている。
三千というのは、簡単に云えば、有形無形の森羅万象全て。
だから、一念(=一瞬の生命、心の状態)が全てに広がっていくってことだと。

たった一瞬の心の動きが、大きな大きな広がりを創り出す。
ミルトンの謂いは、それを表現を変えて表しているように思えます。
そういう意味では、彼は東洋的なのかもしれません。

ちょっと気になったので、ミルトンの箴言をチェックしてみました。

かくも厚顔無恥なるうそつきは、なにか特別の恥辱の烙印を押されて、特高き人びとと学識豊かな人びとの集うあらゆる交友の場から追放されるべきであり、そうでなければこそ言語道断ということになりましょうぞ。

やむを得ず、というのは圧政の口実である。

嫉妬は、傷つけられた恋人の地獄である。

盲目であることが悲惨なのではない。盲目に耐えられないことが悲惨なのだ。

最後の箴言は、おそらく、自身へ向けての言葉ではないかと思います。
ミルトンは、過労から視力を失って盲目になっています。
『失楽園』は実は、目が見えなくなってからの創作。
ミルトンの「一念」の中には、困難に屈することのない大きな挑戦の意欲が満ち満ちていたのだと想像します。

人間の「強さ」というのは、そういうことを云うのでしょうね。

昨日は大雨でしたね。
今日はましでしたが、明日からまた梅雨本番。
湿度なんかに負けないでいきましょね^^

| | コメント (0)

2019年6月 4日 (火)

ウィークリーカリグラフィー 29

本来なら日曜に書く(ということになっている「週一カリ」)ことにしてますが、先日はどうにも気持ちがアップしなくて、一応今回は「お休み」にしようと思って、書かないでおきました。

が、昨日は書けそうやったんで、Go。。。

20190603

漢詩です。
白居易の詩文。

「交賢方汲汲、友直每偲偲」

「賢に交わること まさに汲々として 直を友として つねに偲偲たり」

「良き友との交流に全力を尽くし、正直な人を友として、つねに励ましあう」

昨日はアメブロの方にアップしたんですが →← 結局、同じことを書いてしまいますが、これはこれ以上に余計なことは云わないでおいた方がいいと思うので、あれこれ追記はしないでおきます。^^;

 

中学時代から、漢文・漢詩ってものが好きでした。
と云っても中学生なので、深い意味はあんまりわかってなくて。
でも、格調というのか、その持っている空気感というのかが、自分に合ってたんやと思います。
高校の受験勉強にしても、現国・古文の方が点数配分が確実に高いのに、そのどちらもが苦手・嫌いやったので、ついつい漢文の方ばっかり勉強してたり^^;
それは、高校〜卒業後も少し続いて、少しくらいなら白文で読めるようにまではなってました。(今は、ダメでしょうけどね〜(^^;;)
そのおかげもあってか、中国の歴史も好きになってましたね。

吉川「三国志」とか、陳舜臣さんの著作、徳間書店の中国関係の単行本とか、よく読んでました。
会社に、その徳間書店の本たちが(いくつか歯抜けにはなってますが)ざざっと放置されているので、時間のあるときに、ほんの少しずつ読んだりしてます。
陳舜臣さんの「十八史略」もあるので、これまた同じく少しずつ。

読書って、ほんとに楽しいです。
とりま、先月は忙し過ぎて、5冊しか読めなかったので、今月はしっかり10冊目指します。

とうとう、梅雨入りかな・・・・・・・

| | コメント (0)

2019年5月29日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 28

またまた時差ありアップです。

日曜に書けてます^^;
週一カリ。

今回は、引用ではなくて、そのうち書いておきたいなと思ってた言葉。

20190527

信じとうねん。
アートって、世界を結ぶ力があるって。
アートって、世界を変えていけるねんて。

 

アメブロにも書いたので、しっかりダブってしまうんですが、先日、facebook友人のイタリアの画家さんとチャットをしてた時に、話の流れで、この文章を打ちました。
ただ、その時は、「Art can link the world.」って打ってて。

「link」でも、そんなに悪くはないんですが、ちょっとしっくりくるものがなかったので、調べてみました。
そこに出てきたのが、スティーブ・ジョブズのあの伝説のスピーチ。

その中で、ドットメイキングのことを話してはるんですが、そこで使ってたのが「connect」という単語。

このスピーチ、音源もスクリプトも持っとんですが、しっかり記憶にありませんでした…^^;(恥ずかしい…)

とりま、そういうこともあって、週一カリで書く段で、「connect」を使うことにしたわけです。

 

「Art」といっても、大きく打って出るものを意図しているんではなくて、それこそ「手芸」の世界で作り上げる小さなアクセでも、ドライフラワーでも、なんでもいいんだと思います。
その一つ一つの作品から、新しい出会いがあって、笑顔が生まれ、人間の繋がりができる。
最初は「・」(=ドット)一つから。
それが二つになって「線」で結ばれたら、その次に生まれた「・」と繋がると三角形の面ができる。

それが、世界のあちこちで起これば、いずれは民族を超えて、国境を超えて、面と面が結ばれる。
そこに生まれるのは、想定しなかった「出会い」ではないかなって思うんです。
シンプルにシンプルに考えて、その面が地球を覆うのは確実。

どんなに「違い」があったって…「違い」があるのは、最初からわかっていることなんやから、そこに拘るんではなくて、重なる「何か」を見つければいいこと。その鎹に「Art」はなっていけるんやと思います。

世界中が不穏な空気の中に取り込まれつつあるような世相の今こそ、めちゃくちゃ必要なことなんではないかな。

 

さて…
先週の23日から、大阪・梅田の芝田町画廊にて開催されていた「写本装飾の世界へ」〜in 大阪〜展が、本日終了。

60412506_2577933115568366_66867641886284

自分は、先日の日曜にお伺いをしてきました。
ほんとなら、もっと早くから広報ブログを上げたかったのですが、今月は今年一番の忙しさでそれが出来ず…

が、なんと、この日曜から今日まで、作品出典元のShell工房主宰・河南美和子先生がご来阪。
工藤は、10年ぶりにお会いしてくることができました。
めちゃくちゃ嬉しかったです♪
河南先生、翌朝には、心こもるメッセージを送ってくださり、ただただ恐縮至極。
何度も読み返しながら、書かれている言葉以上のものを投げかけてくださっていることに、あらためて深謝です。

ちなみに、自分がお伺いしたのは、ちょうどワークショップが始まった時。

河南先生の声を聴き聴き、「そうやねん、この声♪」と思い出しつつ、並み居る作品を観せていただきました。

とにかく、これだけの数の「写本装飾」作品が並ぶのは、関西では初。
きらめくイルミネーションの美とウルトラマリンブルーをはじめとする色彩の妙。
やっぱり、早めのブログ打っておけばよかったなぁ… 

どんなことも、「後悔、先に立たず」

「今」やらいなと…ですね。

 

| | コメント (0)

2019年5月21日 (火)

ウィークリーカリグラフィー 27 と「ジャパン あるてぃすと展」in 八尾

一昨日の日曜、ちゃんと書きました^^
ウィークリーカリの27回目。

今回は、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉。

20190519

Impatience is the mother of folly.

 性急さは、愚かさの母である。

もう一つ、候補があったんですが、それはまた後日に。

 

「焦りは禁物」「急いては事を仕損ずる」とは、ちょっとニュアンス的に違う。
こちらのブログのプロフ写真に載せてあるガンジーの言葉…

Good travels at a snail's pace. 

  善いことは、カタツムリの速度で進む。

こっちの方が近いかなって思います。

だからといって、なんでもかんでもじっくりゆっくりがベストってことではなく、即断即決が必要なこともありますよね。
その辺りの判断は個人レベルになってしまうのかもしれません。

succinct but significant … 簡潔でありながら意義深き言葉と思います。

 

さて…

24日の金曜から29日の水曜まで、大阪は八尾にある「茶吉庵ギャラリー」というところで、

「Japan Artist Exhibition」〜ジャパン あるてぃすと展

という作品展が開催されます。
大方100名近いアーティストの方々が、それぞれ1点ずつの作品を展示(販売されるものもあり)。
実は、主催の濱谷宗慎さんからお誘いをしていただき、工藤も切り絵で出展させていただきます。
明日は、その搬入へ^^

DM 見てたら、知った名前が☆^^☆
元気にしているのだろうか…

何はともあれ、楽しみです。
行った事のないギャラリーなのですが、濱谷さんからお聞きしたところによると、八尾の古民家らしいです☆
築250年の旧河内木綿問屋とか。

楽しみにしています。

お時間あります方、ご興味のある方、おられましたら是非^^

60792482_1490645184400428_75535423705416

60592926_1490645191067094_94631215437237

| | コメント (0)

2019年5月12日 (日)

ウィークリーカリグラフィー 26と「母の日」

先週の日曜は、仕事絡みでかなり忙しく、帰ってきたのも遅かったので、ウィークリーカリはお休みにしました。

今日は今日で、テンションがどうなるかな〜っていう感じでしたが、何とか頑張れそうやったので書いてみました。
たまたま、「母の日」ということもあり、毎年恒例にもなっている「母の日」ライティングをば。

59984634_1483421745122772_44888318289997

イタリックとカッパーで^^

カッパーの部分は…

It takes someone really brave to be a mother,
sonmeone strong to raise a child and someone special to love someone more than haerself.

母親になれる人は本当に勇気ある人。
子供を育てられる人は強い人。
自分以上に誰かを愛せる人は特別な人。

 

ネットから拾ってきたものなんですが、詠み人しらず〜anonymous でした。

インスタとフェイスブックに上げておいたんですが、フェイスブックのコメントに、
「クラシカルライティングやね〜」って入ってました。
「そやねん。クラシカルのが好きやねん」と返信すると「私もやで」と。^^

自分は、最近流行りのモダンカリグラフィーというのが、どうしても好きになれずで^^; ともかく、ベーシックなものに徹してます。
ただ、意地になっているとかっていうのではないんですけどね。
必要があれば、書くとは思います、たぶん。笑

そんな自分は、とにかくイタリック体が大好き。
ベーシックな書き方で、あれこれ表現できたらいいな〜と思ってます。♪

 

| | コメント (0)

2019年4月29日 (月)

ウィークリーカリグラフィー 25

通常ペースでいけば、年間で52回になる「週一ペース」
そう考えると、2年で約100回。
今回は、その4分の1まできたことになるんですね。

きっとどこかで変則になるかもしれませんが、無理をすることのないようにしつつ、まずは50回目を目指して、また訥々と書いていきたいと思ってます。

工藤の文字って、それほど大したことなくて、当人もそれをしっかり自覚してます。
が、それでも、どういうわけか、「工藤の文字が好き」と云ってくれる方々がたまにいます。
嬉しいことですよね^^
それを励みに、少しずつになりますが精進していきます。

 

さて、週一カリの25回目。

今回はガンジーの言葉。

58384666_1473616909436589_53822857822055

「合理主義者はあっぱれである。しかし、合理主義が全能を主張する時には、ぞっとする化け物になる」

20世紀は、所謂「急進主義的イデオロギー」が猛威を奮った時代でもありました。
特に、ボルシェビズムの偏狭さ・独善主義は歴史が証明しているところ。

ガンジーのこの言葉を、「そのアキレス腱をいち早く見抜いたもの」と言及した人がいます。

ガンジーの基底にあったものは、どこまでも「漸進主義」。

「善いことというものは、カタツムリの速度で進む」
「非暴力は成長の遅い植物である。しかし、その成長はほとんど目には見えないが、たしかである」
「私は、手に負えない楽観主義者である」

等々の言葉が、それを確かに裏付けているように思います。

物事が急進的に進む・進ませれる・進まされようとしている時、そこにあるのは、やっぱり「偏狭」であり「独善」であるんではないかな。
歴史は繰り返すという「愚」の無きことを祈りたくなる昨今です。

 

さて、読書の方ですが…
今月も10冊を目標にしてきました。
ペース的に9冊で終わりそうやった感なのですが、なんとかギリギリでクリアできそうです^^
おまけに、今月10冊(となる予定)の半分の5冊は、宮本輝先生の作品たちの再読 ♪
輝先生の作品、月に2〜3冊くらいは読めるものの、5冊はかなりかなりの久しぶりになります。
そういう意味では、4月は変則な「一ヶ月」やったかも…笑

ちなみに来月は、作品展への出展があるので、少しペースダウンすると思います。
7冊くらいかな。
ま、ぼちぼちいきます^^

| | コメント (0)

2019年4月10日 (水)

ウィークリーカリグラフィー 22

アメブロの方には月曜に上げたのですが、こちらでアップするのが3日も遅れてしまいました。

22回目です。イタリック体。

20190407

今回は孔子の「論語」から。

「知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり」

白文で書くと…
「知之為知之、不知為不知、昰知也」

知っていることを知ってますよってのは普通にシンプルに簡単。
でも知らないことを、知りませんと云い切ることって、時として難しかったりすることがありますよね。
つい、知ったかぶりしてしまう。

そうではなくて、知らないことは知らないでいい。
それが実は、「知る」ってことなんだ。

「ソクラテスの『無知の知』を彷彿とさせるこうした勁(つよ)い言葉は、よほど謙虚にして剛毅な知性からしか期待できないでしょう」
と、云われた方がいますが、なるほどなって思いました。

アメブロにも書いたことですが、この孔子の言葉は、弟子の子路に向かって云われたもの。

孔門十哲の一人である子路。
彼の師匠・孔子に対する姿勢は半端なものではなかった。

その辺りのことは、中島敦氏の小説集『山月記・李陵』の中に、『弟子』っていう題名の作品があって、そこに詳しい。
自分は、その『弟子』を読みたくて、なん年前やったかに購入。
その部分以外はまだ読んでません…^^;
これもまた年内に。笑

 

今日はよく降りましたね。
おまけに寒くて…
東京でも雪。長野では大雪警報?
4月なんですが…

明日は晴れるかな。

| | コメント (0)

2019年4月 1日 (月)

ウィークリーカリグラフィー 21

昨日のブログ記事、3月のうちにアップしたつもりが、日付変わってしまって「今日」になってしまってました^^;
ほんの数分ですが…(ちょっと悔しい…笑)

いつも忙しい日々ですが、ここ2〜3日はさらに多忙でした。
そんな中、昨日はウィークリーカリの日でした。

21回目。

56405442_1453707424760871_20006290524733

Leonardo da Vinci の言葉です。

You can have neither a greater nor a lesser than that over yourself.

「自分自身を支配する力より、大きな支配力も小さな支配力も持ちえない」

岩波文庫に「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上下」っていう本があります。
この文章は、その中にもおさめられています。

55576198_1453715358093411_50173872934727

「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上」

「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 下」

いい本です。
買ったのは随分前で、多分…2001年頃。
今は第何刷になっているのか知りませんが、工藤のは、上巻が第52刷で、下巻が44刷。
とりあえず漢字は旧バージョンなので、それがちょっと読みにくいかもしれません。
でも、興味ある方は是非読んでいただければと思います。
自分もまた、久しぶりに年内に読んでみようかと思ってます^^

レオナルドのことも、話し出すときりがないのですが一点だけ。

彼の創作は、その執念とともに完成されたものがごくごく少数でしかないということ。
これはかなり興味深い。
「未完成であることの完成」といってもいいくらい。

おもしろいのは、そこに苦を置くことなく、次から次へと創作に勤しんでいく「移り気の妙」とでも云えそうな「創作の執念」
ルネサンスを代表する大芸術家の大いなる一面が、実は「未完成の完成」にあるということ。

ここから汲み取ることのできるものは、結構多いのではないかな〜って思います。

というわけで、新しい月が始まりました。
今月も、やっぱりハードな日々になりそうです。

滋賀では雪が降ったという寒気の中の桜の季節になってますが、温度調節をうまいことやりながら、桜花の舞を楽しんでくださいね♪

 

| | コメント (0)

2019年3月25日 (月)

ウィークリーカリグラフィー 20

ブログろうと思ってログインしたら、「ページが見つかりません」表示が出てびっくりしました…

別の場所から「ログイン」したら、入れるには入れたんですが、仕様が完全に変わってしまってて、只今…「使いづらいなあ、これ…」最中です。
そういえば、メンテしてあれこれどうこうって内容のメールが届いてたような気がします(^_^;)
ま、いいや。。。

やっと20回目に到達です。

20190324

Without dialogue, we will have to walk in the darkness of self-righteousness.

「対話が無ければ、人間は独善という暗闇の中を歩み続けなければならない」

イラン出身の平和学者マジッド・テヘラニアン氏の言葉です。

「平和学」… 随分前に、後輩の一人が学びたいなぁと云ってたことを思い出しました。
今、どうしているのかな。

「平和学」といえば、ノルウェーのヨハン・ガルトゥング博士が有名です。
日本にも何度も来られてて、各地の大学で教鞭も取られてました。
同じく、ノルウェー出身でアメリカ在住であった、故エリーセ・ボールディング博士、それから、ハワイ大学のグレン・ペイジ博士あたりが知られています。

「平和学」…
自分も過去に、少しだけかじったことがあるので、大雑把には理解しています。

ガルトゥング博士は、「構造的暴力」っていう概念を生み出した方。
「構造的暴力」っていうのは、貧困、抑圧、差別等々がそれに当たります。
「いじめ」とか「パワハラ」等の「ハラスメント」も、云ってみれば、「構造的暴力」の範疇。
それが無い世界が、「積極的平和」なんだという考え方です。
戦争がないっていう状況は、「消極的平和」と呼ばれています。

そう考えれば、日本なんて、「積極的平和」には程遠いのではないかな。

そして、それを乗り越えるのが「対話」のもつ力。
「会話」ではないんですね。
「対話」です。

「対話」があるところ、どれだけの差異があっても、少しずつでも微々たるものでも、向かい合う双方の間に「止揚」されていくものが必ず生まれる。

「差異」があるから、「異質」だから、という理由で、簡単に人間を切り捨てたり、追い出したり、追い落としたり。
そこから生まれる世界って、「同質」に絡む「縦社会」でしかない。

そうではなくて、「違い」があるからこその、その「違う」価値の共有・理解から、新しい「何か」が生まれ、広がっていく。

そんな世界であってほしいです。

ちなみに、テヘラニアン氏も何回も訪日されているようです。

 

先日、神戸へ行ってきました。
生憎の曇り空で、インスタ映えはしませんが(笑)、写メ撮りもしてきたので、近いうちにアップしようと思っています。

インフルB型が流行ってきているようです。
くれぐれもお気をつけくださいね^^

| | コメント (0)

より以前の記事一覧