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2019年7月11日 (木)

ウィークリーカリグラフィー 33

ゾロ目の33回目です。

20190707

ソクラテスの言葉。

「ねたみとは、魂の腐敗である」

先に、アメブロの方にも書いたことなんですが、「嫉妬」とか「妬み」ときて、すぐに思い出すのが、哲学者 三木清氏の「嫉妬について」っていう小論。
これ、しっかり読んでおくようにと、随分前にとある方から云われ、すぐに本を買いに行って読んだものです。
哲学者だけあって、やっぱり難しい文章が並んでいます。
が、この「嫉妬について」だけは、ものすごくわかりやすいんです。

よかったら、読んでみてください^^

  ↓ ↓ ↓

 

その「嫉妬について」のなかに、こんな一文があります。

嫉妬は自分より高い地位にある者、自分よりも幸福な状態にある者に対して起る。だがその差異が絶対的でなく、自分も彼のようになり得ると考えられることが必要である。全く異質的でなく、共通なものがなければならぬ。しかも嫉妬は、嫉妬される者の位置に自分を高めようとすることなく、むしろ彼を自分の位置に低めようとするのが普通である。嫉妬がより高いものを目差しているように見えるのは表面上のことである。それは本質的には平均的なものに向かっているのである。この点、愛がその本性においてつねにより高いものに憧れるのと違っている。

もう一つ。

自信がないことから嫉妬が起るというのは正しい。尤も何等の自信もなければ嫉妬の起りようもないわけであるが。しかし嫉妬はその対象において自己が嫉妬している当の点を避けて他の点に触れるのがつねである。嫉妬は詐術的である。

「嫉妬」「妬み」のない人間ていてないとは思いますが、それが出る度合いっていうのは、千差万別なんだと思う。
ほとんど「何処吹く風」みたいに飄々としてはる人も居てますしね^^
そういう人を見るにつけ、すごいな〜って感心してしまいます。

「嫉妬」「妬み」を巡っては、自分も結構絡まれてきています。(笑)
きっとそれは、昔々の自分が成してきた「嫉妬」「妬み」が、形を変えて戻ってきたんでしょうね。
人間…人さまに成したことは、必ず返ってきますから。

そういう視点を持つことができたのは30代の頃。
これは、幸せやと思っています。
また、それを教えてくださった方にも感謝。

そうだ。
「感謝」といえば、先日、北海道の植松電機の植松努社長がブログに書かれていたことがあります。

  感謝の気持ちのない人たち。

リンク先に ↑ ↑ ↑ に飛びます。こちらも、よかったら読んでみてくださいね。

 

今日はカリグラフィーの出張レッスンで、伊丹の方へ行ってました。
往路・復路ともに雨に降られず、荷物の多い工藤は助かったのであります。^^
また後日にアップさせていただきますね。

で、今、大雨です・・・

早く梅雨明けしますように…

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