« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月18日 (金)

『レ・ミゼラブル』へ。。。

Do you hear the people sing ?

このフレーズで始まる『民衆の歌』
映画では3回流れました。もちろん、大合唱。
前奏の段階で目がうるんできます。もちろん、3回とも。
(でも、サントラには入っていない、何故???)

この歌を初めて聴いたのは、かなり前になります。
どこでどんな時に聴いたのかは、もう失念してしまっていますが、初めて耳にした時の感動は、今も変わっていません。

レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)を読んだのは、20代の後半。
読むのに1年かかったことが、今では懐かしい。
読み進める上で一番苦しかったのは、パリの下水道の話というか説明に1章も割かれているところでした。
が、「絶対に読め!」と勧めてくれた人生の先輩は、「その下水道の1章が無かったら、『レ・ミゼラブル』は完成せんのや。だから、飛ばさんと読め!」と云ってくれたのですが、これは読み終わった時よりも、今日、映画を見てよくよく感じ入った次第です。

映画なので、ヴィクトル・ユゴーの元々の原作とは違っているところが多々あります。
それと、これは、ミュージカル『レ・ミゼラブル』が映画化されたもの。

会社の後輩たちからも、「絶対に行ってください!」と、何度も念押しをされた上での、今日の鑑賞となりました^^;
おまけに一人やし・・・一人で映画に行ったのも、とあるヤクザもんの映画を見た時以来です^_^;

ミュージカル映画だけあって、全編、歌、うた、詩。。。
最初から最後まで、退屈するようなところは1秒もありませんでした。
これは、監督トム・フーパーの腕に集約された結果…というしかないでしょう。
すばらしい映画です。

観ながら、いろんなことを考えてました。いろんなものが去来しました。

・登場人物たちで、一番自分に近いのは・・・エポニーヌ(^^ゞ
まあ、よく似てること・・・と、感心至極。
(エポニーヌと工藤のことを知っている方は、あ~って手を叩くかも^_^;)

・ガブローシュが『民衆の歌』を歌い始めて、怯みつつあった学生たちの勇気を鼓舞したところは、この映画のクライマックスの一つかもしれません。『勇気』って言葉が脳裏をかすめました。

・ジャベール警部は詩人だと思うんです。ジャン・バルジャンが語ったごとく、彼は職務に忠実であっただけ。
詩人だからこそ、星空に向かって歌い、声をかけ、誓いを述べる。
詩人だからこそ、人間の魂に触れて、まさにジャン・バルジャンが自身に問いかけた「Who am I ? 」という観念に翻弄されてしまう・・・故に、結局は死を選ばざるを得なかったのかな・・・と。

・宮城教育大学の初代学長をされた林竹二先生という方がおられます。敬虔なカトリック信徒だと聞いたことがあります。その林先生の言葉のひとつに、「人間だけが、自らの生き方を変えていくことが出来る」というものがあります。
ジャン・バルジャンの生き方は、それを示して余りある。
が、生き方というのは、「変えていくこと」が出来るのであって、「変わろう」「変えよう」としなければ、結局は変わることなく終わっていくものかもしれません。テナルディエ夫妻の生き方はまさにそれを象徴しているようでした。

他にもいろいろと考え思ったりしたのですが、幕が降りた時に出てきたのは「怒り」だったんです。
これは、自分でも意外でした。
何に対しての怒りなのか、あんまりよくわかりません。
一つは、犠牲者があまりにも多かったことかもしれない。
特に、学生たちという若い世代。子供であるガブローシュの死もそう。
でも、それだけでもないようです。
「怒り」が何なのかは、これから訥々考えていこうと思います。

併せて、かなり凹みました(~_~;)
何故凹んだのか・・・
それは、日ごろの工藤の言句業行に絞られるでしょう・・・

とりま、本当にいい映画です。
日ごろ観るのは、基本ギャングものやら、「ミナミの帝王」シリーズの工藤ですが、心から感動しました。
自分の中で一番やった「風と共に・・・」を越えましたね、絶対♪
DVD発売が、今から楽しみです。

しかし、マリウスはやっぱり優柔不断やな~(^_^;)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年1月13日 (日)

凹躓哀 ~ 凸起歓。。。

この1週間、密密に詰められて、躓いて、のたうち回って、哀しんで…の日々でした。
ひどい風邪にやられて寝込んだのが7日と8日、そして昨日。
7日は特に、仕事現場からの帰り道、ボーっとした頭であったせいもあり、電車の乗り間違いをして終点まで行ってしまったという体たらく。(終点といっても、乗ったところから30分以内のところやったので救われてますが(^^ゞ)
8日は仕事が休みでよかったです。

そして、明けて9日。
元旦のブログにも書いていた、以前、仕事でとてもお世話になっていた、とあるおばあちゃん(以下、みっちゃん)が亡くなったという知らせが。
ほんとにとても哀しかったです。
引退して10年くらいにはなりますが、それでも70まで頑張って働いておられました。
仕事で、みっちゃんの家のすぐ近所に行った際は、いつも「来たで~^^」って電話を入れたものです。
その度に、ゆっくりゆっくり歩いて、ニコニコしながら、パンやらジュースやらの差し入れを持ってきてくれたことは、忘れられない思い出です。

風邪、えらかったのですが、とにかくお通夜に駆けつけました。
遺影写真が、生前のみっちゃんそのまんま。
おまけにVサインまでしてて、見るたびに涙がこみ上げてきます。
お顔を見ると、何とも言えない素敵な笑顔でした。
弔問に来られた誰もが、みっちゃんの人となりを懐かしがり、逝いたことを心から哀しみ・・・
どんな時も、怒るということがなかった人でした。
いつも、かわいい笑顔でニコニコしてて、小さな体でコマメによく働いてました。

そういう方だったので、誰ひとり、みっちゃんのことを悪く云う人はいてません。

ものすごくおっとりした話し方も忘れられないです。

「ゆうちゃん、ちょっと聞いて聞いて^^」
「あのね、わたしね、大変だったのよ~^^」
「わたしね、どうしてあの人に怒られるのかわからないのよ^^; どうしてなのかな?」

いろんなことが思い出されて、今も目が潤んでいます。

通夜の帰り際、2回ほど吹田の駅近辺で、母娘で歩いている時にお会いしたこともある喪主である長女さんにご挨拶。

名前を名乗ると、すぐにわかってくださいました。

12月に入って、母娘2人で年賀状を書いていた際、みっちゃんは、「みんなに会いたいね」「寂しい、寂しい」と云いながら、一枚一枚に一筆を入れておられたそうです。
自分への年賀状の時は、とてもうれしそうな顔をして書かれていて、それがとても印象に残っているとのお話もしてくださいました。

「腰痛で リハビリ 頑張っています」

自分にとっては、これがおばあちゃんの絶筆になりました。

40493ea48d6d0fa5dade2c3bed7fd91a

翌日は、いろんな方の配慮もあり、葬儀告別式に行くことができました。
通夜の際に、「多分、明日の葬儀には来れないと思います」と伝えてあったので、「母も喜びます」と、娘さんたち(長女さん、次女さん)。
最後はお棺に手を添えさせていただき、みっちゃんを式場から寝台車へ。
哀しい哀しいお別れです。

享年80歳。

みっちゃんの通夜の日は、ちょうど母の三回忌でもありました。
法要は今日、実家にて行っています。
自分は、体調芳しくなく欠席。これも辛いかな・・・

いろいろ有りきの1週間。
こんな自分ではありますが、あっちでもこっちでも、多くの方から励ましのメッセージをいただいてます。
心から感謝です。
幸せ者やなとも思います。

こけたり、躓いたり、凹んだり、哀しんだり・・・
でも、それがあるから、起きあがること、凸ること、歓ぶことも出来るのは生きている証でもあるし、人間であることの証明。
戴いた励ましのエネルギー、今日からの仕切り直しで、自分なりの形でお返ししていきたいです^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 6日 (日)

白川義員先生の写真展へ。。。

3日4日と連休の予定であったのが、急遽3日は出勤。
この日に行く予定にしていた、神戸市立博物館で開催中の『マウリッツハイス展』は、その翌日に延期。

11時前に家を出て、市立博物館に到着したのは、12時くらいでした。
が・・・すごい行列です・・・
多分、200メートルくらい続いてる?
もうその時点で「ムリ・・・」とあきらめました。
雪がちらつく寒さです。
それに頭痛があったのと、肩こり頸こりで扁桃腺も腫れていたので、このまま行列に並んで1時間前後も立つのは、さすがに・・・

そのまま踵を返して、ソッコーで実家へ。
母逝いてもう2年です。ほんとにあっという間の月日で、おまけにいまだに信じられないような気持ちでもあります。
ちょうど3回忌を迎えるのですが、当日は、自分が行けるかどうかが、まだわからないのでっていうこともあっての顔出し。
着くなり、父親が「雑煮食べろ」と云ってすぐに出してくれ、おまけに豚汁も^^(うちの父親、マメなので料理も上手なんです)

しかしながら、食べ終わった頃合いから頭痛が増して、とうとう寝込んでしまいました。約2時間半・・・zzz

やや復活して帰途に。
実は、マウリッツとともに行きたいと思っていたものがありました。
梅田の阪神8階でやっている≪白川義員 写真展 『永遠の日本』≫

つい先日、仕事帰りにチラ見したフライヤーが気になっていたものでした。
白川義員先生といえば、世界的に名を馳せている写真家です。

自分が、日本の写真家で、特に作品を直に観たいと思っているのは、この白川義員先生と大石芳野先生のお二人のもの。
そのお二人のうちの白川義員先生の写真展です。

1b9244d67ff6af37ce3a873e3893bc7b

会場に入ったのは3時半前だったと思います。自分の時間的な事情もあって解説を読みながら観ることはできず、雄大な写真群130点を、一枚一枚心に刻み込む思いで観て廻りました。(入場料500円は安すぎます)
何枚かについては、立ち止まって見入ってしまいました。(そんな光景がちらほらありましたよ^^)
まさに「雄大」っていう言葉がぴったり・・・(語彙が少ないので、こうとしか云えないってだけですけど・・・)
観に来てよかったです。
全て、日本国内の風景です。


出口を出たところで、写真集等々を販売していました。
が、見ると、その一番手前で、白川義員先生当人がサインを書いてはります・・・
驚きとともにミーハーな心が動いて、すぐさま写真集を購入して整理券を。自分のは90番。一回のサイン会で100人限定だそうで、ある意味ギリギリ~☆

8c45a6dad4049fe9fc090a6a0450a871

サインを戴いたあとに考えました。
「もし」マウリッツハイス展に行ってたら、この時間にここにはいてない。
「もし」頭痛がひどくならずにいたら、もっと早くにここに来てて、白川先生にはお会いできていない。

マウリッツハイス展、観れなくてガッカリはしてましたが、こうなってみると俄然元気が出ます(単純です)。

かつて、この白川先生が云われた言葉を思い出しました^^

「一度、恐怖におびえた人間は、使えない」
「泣きながらでも、ついてきた弟子は、みんな立派になっています」

白川義員先生の写真展は、明後日の8日までやっています^^
入場料は500円。阪神百貨店8階。
瞬間の世界の雄大なる日本の美、是非味わってください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます^^。。。

今日は一日中家にいてました。
「新年から」「今日から」って思いで決めていたことを、やっぱりきちんとやっておかないとってことで。
ほとんど日中は座りっぱなし。
ようやっと落ち着いたので、ちょっとブログります^^

D05f086648040b108fe4266492e77045

なんか久しぶりに折り鶴やってみました。
新年でもあるし、金と銀です。

2012年最後の日でもあった昨日、ずっと以前、仕事でお世話になったいた、とあるおばあちゃんが危篤との連絡がありました。
自分は、その方にすごくかわいがってもらい、仕事のことも細やかに教えていただいたものです。
そのおばあちゃんの近所に仕事に出た際は、その度に「差し入れよ」って、ニコニコ笑顔で、パンやらジュースやらをたくさん持ってきてくれたものです。
3回程面識のある娘さんの話では、もう2~3日…とのこと。

そして明けて元旦の今日。
〒受けに入っている年賀状をチェックしていると、その方からの年賀ハガキが入っており、「腰痛でリハビリがんばっています」との一文。
なんか、すごく感極まってしまい、ついつい涙が落ちてしまいました。

最後にお会いしたのは5~6年前かな・・・
年賀状だけは、毎年出させていただいていたのですが、去年だけは、自分の母親の喪中がかかっていたので、こちらからは控えさせていただいてました。
この年末、「Tさん、どうしてはるのかな? そろそろ電話しておこか?」って思っていた矢先。
これが「虫の知らせ」なのかな・・・

家族とは違う者の勝手な言い分かもしれませんが、また、元気な姿を見せてほしい・・・そう思います。

話は変わります。
少しだけ。

伸びゆく人、伸びゆこうとする人、頑張っている人、頑張ろうとしている人。
自分はそういう人たち、特に20代30代の若い人たちを見ていると、とてもうれしくなってきます。
今日も、新たな決意で、新しい天地で自身を試してくるとの思いを披露した女の子がいます。
直接何かできるわけではありませんが、心からその方の応援をしたい^^
意志があれば道は通じるもの。
ましてや若いのですから^^
それに、わんさわんさと応援メンバーが出てきているのを見るにつけ、そのコのその幸せを羨ましくも思います。
元気で、勇気で、強気で、頑張ってきてほしい。どうせやるならば^^

と、なんか思うこと多々の2013年元旦です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »